「酷い……っ! 何で、何でそんな……っ!?」
思わず茫然としてしまった私に代わり、澪ちゃんが悲痛な声を上げる。
私はどこか現実味の沸かないままの頭で、ただぼんやりと手にした
本の字だけを追い続けた。
落とした巫女の首は祭壇に祀られ、水神様に捧げられ。
水神様の怒りを鎮め、村への加護を得るのだという。
「……水神の、怒り?」
訝しむ澪ちゃんの声もどこか遠く聞きながら、私は次の冊子を手に取った。
それに書かれている内容は、どうやら儀式の意味らしい。
それによれば、昔、この村を大きな災厄が襲ったのだという。
村人を多く死に至らしめたそれは、村の裏にある湖に住まう水神様の怒りにより吐き出された障気によるものと思われ。
その怒りを、生贄を捧げて鎮めたことが儀式の始まりらしい。
その生贄の制度を儀式化して続けた理由は、それが効果を発揮してしまったからなのだと思う。
……私は偶然なんじゃないかなって思うけど、村のひとたちにはきっとそうじゃなかったんだ。
そうでなければそんな儀式なんて続けたりはしないはずだから。
生贄は後になってから蛟龍ノ巫女と呼び方を改められた。
理由は、書かれていないけれど。
「災厄って、疫病とかだったのかな?」
それを昔は何かしらの目に見えないもの……祟りや呪いなどに責任を押し付けることも珍しくはなかったみたいだし、と。
呟くような澪ちゃんの言葉に、私はそうかもしれないと返すことしかできない。
とにかく、その災厄が過ぎてからも儀式を続けてきた村は、時が経つにつれ次第に災厄に対しての畏怖が薄れてきた。
そうなると儀式を継続する意味が本当にあるのか、儀式の効果が本当にあるのか、わからなくなって。
……巫女という名を押し付けて、ひとを殺めるその行為を正当化するための理由がわからなくなって。
ただの人殺しにならないそのために、加護を得る、という理由を加えたらしい。
……儀式を止めるという考えはなかったみたいで、
文中で触れられてはいなかった。
「そんなの、卑怯だよ……。ずるい……っ」
「……うん。でも……」
巫女とされたひとたちを思って、憤ってくれる澪ちゃん。
失うことの重みを知っている澪ちゃんのものだからこそ、その言葉や想いが凄く凄く尊く、そして酷く切なく思える。
けど。
「この村は、実際に災厄に飲まれてしまったんだよね……」
「あ……」
この村の現状が儀式を行わなかったせいでのものかはわからない。
わからないはず、なのに。
――お前のせいで、水治村は滅んだのだ!
夢の中のあの屋敷で言われた言葉が。
紫苑家のあの霊が私を巫女と呼び、逃がさないと言ったあの言葉が。
酷く、酷く私を蝕む。
この村はきっと、儀式ができなくてこうなってしまったんだ。
知らないはずなのに、私にはわかる。
――わたしが……。
「茨羅ちゃんっ!」
「……え?」
気付いたら、私の腕を澪ちゃんが少し強めに掴んでいて。
私が顔を向ければ、彼女は安堵した様子で小さく息を吐いた。
「大丈夫? ……何だかこの村に来てから、ぼうっとしてることが多いみたいだけど……」
言われてみるとそうかも……。
私、つい自分の考えに没頭してしまっていたみたい。
思い返せば、澪ちゃんに声をかけられて我に返ることが、もう何度もあった。
……しっかりしないといけないのに。
「ご、ごめんね。……大丈夫だよ」
心配をかけてしまい申し訳ないという思いと、澪ちゃんを安心させようとする思いとで笑みを浮かべれば。
それなら良かったと、澪ちゃんは私の腕から手を離す。
私はもう一度澪ちゃんに笑いかけてから、他の冊子も見てみようと再び祭壇の方へと向き直る。
その瞬間。
蝋燭も切れ、灯りの消えていた燭台に、突然灯りが灯った。
「っ!?」
驚いて息を飲み、無意識に思わず後退る。
「な、何? 何の灯り?」
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