――ニエ……ノガシテハ、ナラヌ……。



低い声で告げながら突如小屋の中に現れたその霊を、すぐに白木の弓で冷静に射る。

その一撃だけで悲鳴を上げながら消えてゆく霊を最期まで見ていることなく、僕は弓へと視線を落とした。

九内家で霊を倒した時にも思ったけれど、この弓、かなり強力な霊力を宿している。

僕の霊力がそれほど強いとは思えないから、怨霊を一撃で倒せるほどの霊力は、この弓自体が宿しているものなのだろう。

……造った人は、相当な霊力の持ち主ということだろうか。

そんなことを考えながら小屋から出て、深紅さんと今後についてを話し合った。


「とりあえず、鍵がかかっていて開かなかった扉のある場所に行ってみますか? もしかしたらその鍵で開くかもしれませんし」


新しく手に入れたこの鍵もまた、どこの鍵なのかわからない。

試してみるだけ試してみようという深紅さんの提案に同意して、まずは一番近い隣の蔵へと向かおうとしたところ。



――ひゅー……。



空気の抜けるようなその音と共に背筋をはしった鋭い悪寒。

導かれるようにその感覚がする方へとすぐさま振り向けば、これから向かおうとしていたあの蔵の前に、青白くぼんやりと青い髪の女性の霊の姿が浮かび上がった。

幸い、彼女はこちらを見ずに、真っ直ぐに暗闇の方へと向いている。

予定は少し狂ってしまうけれど、今の内に逃げなければ。

無意識に強く握りしめた弓の霊力の強さはわかっているけれど……。



――彼女は、危険だ。



きっと、他の霊などとは桁が違う。

本能が告げてくる警告に、僕は深紅さんへと視線を向けた。

考えは深紅さんも同じだったらしい。

すぐに視線が合い、頷き合う。

直後に駆け出そうとしたその瞬間。



――ごぽり。



やけに近くで聞こえた、音。



寒気と悪寒に急激に冷えてゆく体温と、体中から流れ出す、冷や汗。



脈打つ鼓動がやけに煩く体内で響き、振り向いたらいけない、と強い警告が止めどなく体中に溢れかえる。



振り向くな、振り向くな……。



このまま、この場を去るんだ。



そう強く願う意志とは反対に、ゆっくりと……。





振り向いて、しまった。





――こぽ。





「っ!」




知っているはずの、見慣れているはずの、アオ。

あの優しく暖かなアオとは全然違う、酷く冷たく、酷く暗いアオが。





目の前で、僕を映した。





「樹月君っ!」




深紅さんの声に弾かれたように我に返ると、目の前のアオから慌てて逃げる。

けれどそれはきちんと意識しての行動ではなく。

足を動かしているという実感も感じられない、現実味のない動きで。

それでも腰を抜かしたり、足を竦ませ動けなくなったりしなかっただけマシだったのかもしれないけれど。



憎しみと怒りと怨みを詰め込んだあの瞳が。




頭から、離れなかった。















第六幕・了



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