それと、村で唯一の商家は九内家というらしくて、この家の北には神社もあるみたいで……。
忌家とされる家、御導家、という家もあるのだと知った。
「御導家……」
聞き覚えはない、のに……。
何だろう、凄く、懐かしいような……。
「茨羅ちゃん?」
「あ、ご、ごめんね。……何でもない」
きょとんと私を見てくる澪ちゃんに慌てて首を振り、話を切り換えるように別の
冊子を手に取る。
この村にある家々のことが書いてあったさっきの手記とは違い、この手記にはこの家の近くにあったあの塔についてが書いてあった。
……塔について、というより……何だかあの塔を監視しているような、そんな内容。
それでもあの塔が何なのかとか、何のための塔なのかとかは書いていなくて。
……正直、あまり大きな手がかりを手に入れられたようには思えない。
少し悩んで、とりあえず次の冊子にも手を伸ばそうとしたところで。
――……コ……ガ……イ。
くぐもった低い声と強い悪寒に慌てて振り向けば。
間近に迫った、青白い顔がそこにあった。
目や口は塗り潰したかのように真っ黒く窪んでいるのに、その目は確かに私を捉えているように思えて……。
――間に合わないっ!
射影機を構える時間がないことを悟り、思わず目を逸らしたその時。
「茨羅ちゃんに近付かないで!」
――ガァアァァアァッ!!
眩い光が走ったと同時に、その霊は私の目の前から消えていく。
でも、まだ倒したわけじゃない。
私は射影機をしっかりと抱えて、辺りに注意を払いながら澪ちゃんにお礼を紡ぐ。
「ありがとう、澪ちゃん。ごめんね、助けてもらってばかりで」
「ううん、このくらい当然だよ。友達でしょ?」
「……うん。ありがとう」
友達。
澪ちゃんがそう言ってくれることが凄く嬉しくて、思わず顔が綻ぶ。
けど、気を緩めたりはしない。
――ミコ……。ニガ……イ。
……ミコ? ミコって、あの……?
聞き取れた単語に戸惑う私に、再び現れた先程の男性の霊が腕を伸ばしてくる。
その腕が私に触れるよりも早く、今度は私が男性を写し撮った。
――ゥアアアァアァッ!!
低い叫びを上げて、今度こそ彼は倒れた……と、思ったのに。
ぞくり。
この家に入ってからずっと続いている視線が、まだ私に絡み付く。
……いったい、誰が……。
射影機を抱える腕に、知らず力を込めたその瞬間。
――ミコ……。ニガサナイ……。
ぞわ……と、全身が粟立つ感覚が、酷く冷たく酷く素早く体中を駆け巡る。
左肩の辺りから凍るような冷たい冷気を感じ取り、私は慌てて右側に体を退いた。
「茨羅ちゃん?」
「まだ、いる……っ」
不思議そうに私を見てくる澪ちゃんに、喉が引きつるような感覚を押さえながら告げれば、澪ちゃんはすぐに慌てて視線を辺りに巡らせる。
私も同じように周囲へ視線を投げるけど、広がる暗闇の中に何かを見つけることはできず。
射影機の反応も、なかった。
それなのに、絡み付いたままの視線が、私から離れてくれない。
……狙いは、私……?
「澪ちゃん、出よう。この家は……嫌……」
「茨羅ちゃん……。うん、出よう」
気遣うように私の傍に寄り、背をさすってくれる澪ちゃん。
もしかしたら、今の私は相当酷い顔をしているのかもしれない。
そう考えて、これじゃ駄目だと首を振る。
ただでさえこの村に来ることを付き合ってもらってしまっているのに、私のことであまり心配をかけるわけにはいかない。
私は澪ちゃんにお礼を言うと、きちんと自分の足で歩き出す。
視線は相変わらず感じるし、不快感と寒気もするけど。
特に何をされることもなく、玄関まで辿り着けた。
戸を開けて、澪ちゃんに先に出てもらい、私も続いて外に出る。
出てから戸を閉めようと振り返ったその時。
「……ひっ」
にたり、と。
窪んだ黒い口腔で、歪な笑みを刻んだ……。
あの男性の霊が、廊下の奥からじっと私を見つめていた。
――ミコ……。ニゲラレナイ。
響く低い声を遮るように、私は慌ててすぐに戸を閉める。
途端に感じなくなった視線に安堵しようとしたけれど……。
「きゃあぁっ!」
澪ちゃんの上げた悲鳴と、ぞくりと背中に走った悪寒とに弾かれたように振り向く。
――ごぽり……ごぽぽ……っ。
まさか、待ち構えられていた……?
まるで休む間など与えないとばかりに再び現れた、あの青い髪を持つ女性の霊の姿を前に、今度は私が澪ちゃんの手を取る。
「澪ちゃんっ! 逃げよう!」
「う、うんっ……」
女性から逃げるように駆け出した私たちの背に……。
ひゅー……と。
空気の抜けるような音が向けられたような、気がした。
第五幕・了
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