「……あれ」


戸惑うような深紅さんの声が耳に届き、我に返る。

そして問うような視線を彼女に向ければ、彼女は一点を指で指し示し、眉根を寄せた。


「さっきまで、ありませんでしたよね?」


示され問われる先に目を向ける。

あの弓が飾られている壁に接して備え付けられた低い棚の上、そこに彼女の言うそれはあった。


「……白木の、弓?」


元は白かったのであろうその紙は、過ぎた年月を感じさせるように黄ばみ、劣化して脆くなっているのか下手に触れるとその部分が千切れてしまう。

そのため、そこに置いたままそれに目を通した。


鳴弦……。目には見えぬ矢が、目には見えないモノを射倒す、ですか」


書かれていた内容を深紅さんが口に出す。

つまりこの弓は弦を鳴らすことで見えない矢を放つことができ、それによりありえないものたちを倒すことができる……ということなのだろうか。

戸惑う僕たちを、まるで見計らったかのようなこのタイミングで悪寒が襲う。



――ゥ、ア、ァ……。ヤミ……クル……。



悪寒を追うように振り返った先には、暗闇に薄ぼんやりと男性の霊が浮かんでいた。

この家のひと、だろうか。

どこか遠くそう考えながら、僕の手は自然とあの弓に伸びる。


「深紅さん。……試してみます」


静かに告げれば、深紅さんは頷いて応えてくれ。

僕は彼女に頷き返すと、白木の弓を構え、男性に狙いをつけた。

弓道の心得があるわけではないけれど、自分でも驚くほどこの弓はごく自然に手に馴染み。

まったく違和感もなく、目の前に迫ってきた男性に向けて弦を鳴らせた。



――ゥアァアアアァッ……!



苦鳴を上げながら消えゆく男性の霊のことよりも、弦を鳴らした直後に起きた光景に僕も深紅さんも思わず言葉を失ってしまう。


「今の……見え、ましたか?」


茫然としたまま問いかければ、深紅さんは緩々と頷いて答えた。


「光の矢、に、見えました。……物語の中じゃ、ないのに……」


僕が白木の弓の弦を鳴らしたあの瞬間。

確かにこの弓から放たれた……一筋の光。

それがまるで矢のように男性へと向かっていき、彼を貫き消えていった。


「あれが……目には見えない、矢?」


霊感のあるひとにしか見えない、とか……だろうか。

物質的な感触はなかったし……。

戸惑いの冷めない中、手の内に収まったままの弓に目を向けようとして。

先程まで男性の霊がいた場所に落ちている物に気付く。

……なんだろう。

近付いて拾い上げたそれは、一枚の紙片と少し錆び付いた小さな鍵だった。


「何が書いてありますか?」


深紅さんに問われて、紙に書かれている文字を読み上げる。

紙の劣化はやっぱり酷いけど、字は何とか読めるものだった。

内容から知れたことは、この家の家主は九内(くだい)といい、村で唯一の商家だということ。

それと、あの弓は「化け物」と呼ばれる存在が造ったということと。

それを巴多(はた)という存在に押し付けられ、九内の当主……あの男性のようらしい……は、迷惑していたということ。








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