「あ」


またも沈んでしまっていた思考を再び浮上させてくれたのは、やはり深紅さんの声音。

導かれるように彼女の視線を追えば、そこには他の家屋よりも原型をきちんと留めている建物があった。


「他の家よりも大きいし、しっかりした造りに見えますね。だから無事だったんでしょうか」
「そう、ですね」


村長の家とかでしょうか、と続ける深紅さんに、はっきりとした答えを返す術を生憎僕は持ち合わせてはいない。

だけど。


「入ってみますか?」


中に入れそうだということは判断できたから、そう問いかけてみる。

もしかしたら茨羅もここに逃げ込んでいるかもしれないし、と、淡い期待を抱きながら。

それに深紅さんも同意を示してくれたため、引き戸となっている入り口の戸を開いた。

経過した時を感じさせるように建て付けが悪くなっていた戸は、開くために思ったよりも力が要り。

何とか開くことができたその先で、埃と黴臭い古めかしい臭いが僕たちを出迎える。


「……お店……でしょうか?」


埃っぽさを気にして口元を手で押さえつつ、深紅さんが呟く。

手にしていた懐中電灯で中をぐるりと照らし出し、僕はその言葉に頷いた。


「……みたい、ですね」


入り口から大きく間取られたそこには棚や台がそこかしこに並べられ、様々なものが雑多に並べ尽くされている。

値札は見受けられないけど、それらは商品として扱われていたものに違いはないと思う。

同じ品物が複数置いてあったりもするし……。

一歩、踏み出すと舞い上がる砂埃に眉を寄せながら、それでも深紅さんと共に奥へと向かっていく。

何かこの村についてを知る手がかりでもあれば、と、陳列された品物の群を照らし出してはくまなく視線を馳せた。

茨羅がこの村で何をしたいのかはわからない、けど。

彼女が望むものを早く得て、一刻も早く一緒に帰りたいと強く思う。

何となく、だけど、弥生があれほど帰ることに固執している気持ちがわかる気がした。



……ここに、茨羅を長くいさせたくはない。



どこからか沸いてくる焦りとも不安とも取れる感情を抑えるように、懐中電灯を握る手に僅かに力を込めたその時。

奥の壁にかけられたそれが、目に止まった。


「……弓?」


何故か気になったそれに近付き、手を伸ばす。

埃を被ったそれは、全体に布が巻き付けられ……年月が経っているはずなのに、その布に色褪せた様子がないことが不思議だった。


「矢はないんですね」


いつの間にか傍まで来ていたらしい深紅さんが呟く。

言われて確かめてみれば、対となるはずだろう矢の姿がこの弓の近くには見受けられなかった。

……飾り、なのだろうか。

何気なくその弓に指先を馳せたその瞬間。





――あの子たちを……守って。






「!?」


声が聞こえて慌てて手を退く。

弾かれたようにすぐさま辺りを見渡せば、深紅さんがきょとんと僕を見ていた。


「どうしました?」
「あ……。今、声が……」
「声、ですか?」


私には聞こえませんでしたけど、と続けられた深紅さんの答えを受け、戸惑う。



……僕にだけ、聞こえた?



不思議に思うけど、でもあの声からは嫌な感じはしなかったように思う。

切なくも深い優しさと、何かに対する愛おしさを込めた、強い想い。

それを感じさせるあの声は、どことなく似ていた気もした。



――茨羅の、声に。



気のせい、だとは思うけれど。








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