茨羅が、あの村に行くと言い出した。

せっかく逃げてこれたのに。

またあの村になんか、行かせられるか。

そう俺は強く反対したが、彼女の意志は固く。

それならひとりででも行くと言われたら、放っておくことなどできるはずもない。



――必ず、帰ってくること。



その約束を守ることと、俺とともに行くことを条件に、水治村に行くことが決まった。













第一幕 「準備」













……まあ、予想はできたことだけどな。

樹月に話したら、ついてくるって言い出しやがった。

俺たちだけならいざという時俺の刀の能力を使えばいいが、他の奴がいたらそういうわけにもいかねえだろ。

はっきり言って邪魔だ、いろいろな意味で。



……と、言いたいところだが。



きっと樹月なら……もしもの時、茨羅を止めることができるだろう。

それを思うと、つれて行くことを強く拒むことはできなかった。



……かなり腹は立つがな。




「まあ、とにかく。そういうわけで、俺たちちょっと出かけてくるから」




説明を何度もするのは面倒だということで。

世話になっているひとたちが黒澤家に集まる時を見計らって適当に説明し、俺はそう言い括った。

それにきょとんとする螢たち。

その中で深紅だけは俺を厳しい視線で見据えてきた。


「……私も、行きます」
「深紅!?」


驚いたように声を上げたのは怜だったが、深紅の言葉に納得がいかないのは俺の方だ。


「何言ってんだ。お前はもう、こういうことに関わるのはやめておけ」


というより懲りた方がいいって、絶対。

……いや、俺もなんだが。


「弥生、帰って来るんですよね? ……だったら私が一緒に行っても構わないでしょう?」


おお、何か既視感……。

て、そういう話じゃなく。


「あのな、深紅」
「……おいて、いかないでください」


……そうくるか。

おいていったりしないと口でいうことは容易いが……。

真冬のことがあるからな。

たぶん、信じきってもらうのは難しいだろう。

そんなことを考えていると……。




「あの……私も、連れていってもらえませんか?」




おずおずと、といった様子でそう口を挟んだのは螢の姪。

確か、澪ちゃん、だったか。


「私……夢に囚われていた時、茨羅ちゃんに助けてもらいました。だから、今度は私が茨羅ちゃんの力になりたいんです!」


うわあ……また断り難い理由を……。

結果としてはアレは茨羅が助けたって形じゃなかったが、茨羅が助けようとしていたのは澪ちゃんだったのだから、たぶん澪ちゃんにとっては恩返しをしたいことに変わりはないんだろう。

……それがなくとも、茨羅の力になりたいと言ってくれたかもしれないが。

とにかく。


「気持ちはありがたいんだが、螢だって……」
「お願いします!」


…………。

……おーい、けーい。


「……言い出したらきかないんだよ」


あ、こら、諦めか!?


「弥生、澪のこと頼むぞ」


何で既に見送る気……て、お前は行く気皆無だな!?

……いや、いても邪魔なだけだけど。


「あのなあ、命の保証すらできねえんだぞ? そんなところに……」
「行くなら尚更ついて行きます」


しまった、深紅には逆効果だったか。


「……弥生君、私からもお願い。深紅をつれて行ってあげて。……深紅に、後悔させたくないの」


私は足手まといにならないよう待っているから。

そう加えて告げる怜に、俺は眉根を寄せる。

あの村は今、皆神村のような怨霊の巣窟のようになっていて。

本音を言えば、深紅の霊力はかなり頼りになるし、茨羅の友達である澪ちゃんがいてくれるなら、もしもの時に樹月とともに茨羅を止める力になってくれそうだが。

それはあくまでこっちの都合。

彼女たちの身を危ぶませる理由にはならない。

そう、思うのだが……。


「お願いします」


……声を揃えてそう言われ、俺は小さく溜息を吐く。


「絶対に危険な真似はしないこと。誰よりも自分自身の安全を第一に考えること。……それが条件だ」


俺が守れる限りはもちろん守る。

だがそれは絶対なんかじゃ決してない。

だからこそのその条件に、二人は顔を輝かせた。


「ありがとうございます!」


茨羅だけじゃない。

この笑顔も守らなければ、と。



――強く、思った。















第一幕・了


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