気付けば、彼女の小さな体を抱き寄せ、強く強く抱きしめていた。
交わした約束を、彼女が再び口にしてくれたそのことが、すごくすごく嬉しくて。
腕の中に感じる確かなぬくもりに、さっきとは違う涙が溢れそうになった。
……茨羅は、ここにいる。
その事実を噛み締めるように、この温もりを離さないように。
腕に込めた力を、そっと強めた。
「……それで、いい。あなたは生きて」
ぽつり、呟かれた言葉に含まれる感情は安堵。
その声に顔を上げれば、あの女性がとても優しく微笑んでいて。
暖かな慈しみに溢れたその笑顔が向けられる先を見て、僕は感覚的に理解する。
……ああ、このひとは……。
「さあ、もうここにいてはいけない。早く帰りなさい。……あなたたちの、生きるべき場所へ」
その声に導かれるように僕は茨羅の手を取り、その女性へと強く頷いた。
それからしっかりと茨羅と視線を交わらせる。
……茨羅の瞳はもう、揺れていなかった。
「帰ろう、茨羅」
まっすぐに伝えれば、彼女は小さいけれど確かに頷いてくれる。
それを確認してから、僕はみんなが待っている場所に続くあの扉を開いた。
その扉をくぐろうと歩を進め、僕の足が細い通路に踏み入ったその瞬間。
茨羅と繋がっている右手が引かれ、すぐさま振り向く。
どうしたのかと茨羅を見れば、彼女はあの女性をじっと見つめていた。
「……あ、あの」
躊躇いがちに紡がれる声。
けれどそれは、どう続けたらいいかわからなかったのか、それ以上は続けられることのない言葉だった。
そんな茨羅に、あの女性は緩く微笑みを浮かべてみせる。
「茨羅、幸せに。弥生にも幸せにって伝えて欲しい。……二人を、よろしくお願いします」
あ……。
最後の言葉は間違いなく僕へと向けられたもの。
その言葉と、声音に。
思い起こす、あの時の声。
――あの子たちを……守って。
あの時……九内家で聞こえたような気がしたあの声は、このひとのものだっんだ……。
僕はこちらをじっと見つめている女性へと、誓うように強く強く頷いて、未だ迷うように足を止め続ける茨羅の腕を引く。
抗う様子は、なかった。
村の外に続くだろう細い通路に僕たち二人を吐き出した扉は、それで役目を果たしたとばかりに勝手に閉まって。
その音に紛れるように確かに呟かれた声を、僕が聞き逃すことはなかった。
「……お母さん……」
村へと続く扉は閉ざされて、ようやく成された決別。
僕たちはこの先続く未来をきっと、ずっとずっと一緒に生きていくんだ、と。
繋いだ手を固く握って、そう思った。
→後日。
ハッピーエンドをご希望の方は閲覧なさらないことをオススメします。
[*前] [次#]
[目次]