真っ直ぐに覗き込んだ青は、すぐに逸らされ俯かれてしまった。
まるで、逃げるように。
ここから、あの約束から……僕から。
交わらない視線が、酷く悲しかった。
でも僕は諦めていないし、諦めるつもりもない。
もう、大切なものを失うのは嫌だから。
「茨羅。僕は、君と生きたい」
君と再会した時に伝えたあの言葉を、もう一度君に伝える。
一緒に生きることの叶わなかった時に諦めた、生きたかった、という過去形ではなく。
この先に続く未来、ずっとずっと先まで一緒にいたいと、そう願うから。
だから僕は、君と二人で。
――生きていきたいんだ。
茨羅も同じ想いを抱いてくれていたはず。
ねえ、だから。
あの時のように、私もって言って笑って欲しい。
僕のこの心配なんて杞憂なんだって、笑い飛ばしてもらえたならどんなにいいか。
だけど……その願いは、やっぱり届かなかった。
「樹月……私……わたし、は……」
泣き出しそうに震える声。
小さな呟きを吐き出しながら、ゆるゆるとか細く振られる首。
だめなの、と、消え入りそうな声で告げられた瞬間、わかっていたのに涙が出そうになった。
「私がやらないと……わたしじゃないと、だめなの」
逃げたくて逃げたくて、でも逃げられなくて。
大切なひとたちと、守りたいひとたち。
投げ出すことのできないものと、刷り込まれた義務感。
茨羅の今の想いは、たぶんあの頃の僕たちの想いと似ている。
だからこそ気持ちがわかってしまうけれど、でもそれと同時にだからこそ認めることはできなかった。
茨羅だって知っているはず。
のこされるひとの想いを……気持ちを。
僕たちには、今度こそ一緒に生きていくことができるのだから。
だから茨羅、お願いだから……。
「それはあなたの本当の想いじゃない」
唐突に。
凛と響いた、涼やかな声。
聞き覚えのないその声は、けれどどこか身近に感じるもので。
すぐに声のした方へと振り向けば、闇の中ぼんやりと浮かび上がる着物姿の青い髪の女性が立っていた。
……青い、髪……。
思わず茨羅へと視線を向ければ、彼女も困惑に瞳を揺らしながらその女性を見つめていた。
……たぶん、御導の関係者には違いないだろうけど。
幾度か僕たちを襲ってきたあの巫女とは、纏っている空気が全然違う。
禍々しさはまったく感じられず、それどころかどこか優しさすら感じられるような……。
「それはあなたが背負うものじゃない。あなたの本当の望みは、別にあるでしょう?」
「わた、し……」
「惑わされないで。自分の本当の願いを思い出して。それはあなたのすぐ傍にあるはずだから」
女性は僕や茨羅に口を挟む隙を与えることなく、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
揺るぎない言葉はその視線にしても同じで、女性は茨羅を見つめたまま、その青い目を移ろわせない。
……話している内容は、確信はないけどたぶん。
茨羅を、引き止めてくれているんだと思う。
そんな女性の真っ直ぐさに反して、茨羅は頭を抱えて首を振るばかり。
それはまるで何かを否定しているかのようにも……何かを、守ろうとしているかのようにも見えた。
「目を開いて。あなたの路はあなたのすぐ傍にあるでしょう。……茨羅」
女性が凛と言い放った直後。
彼女に呼ばれた名前に反応するかのように、茨羅の動きがぴたりと止まる。
ゆっくりとその小さな手が頭から離れていって……。
ゆるゆると上げられた顔が、大きなその青い瞳が。
僕を、捉えた。
瞬間、ぽろり、と。
透明な雫が、その頬を静かに伝う。
「私……」
ゆっくりと動いた唇からもれた言葉は儚くて。
溶けて消えてしまいそうなそれを逃さないよう、しっかりと耳を澄ます。
「私、生きたい。……本当は、樹月とずっと一緒に生きていきたい……っ」
「茨羅……っ」
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