嘲りの意を込め鼻を鳴らした俺は、そのまま刀を抜き真横に切っ先を向ける。

横目で捉えたそこには、ひとりの男の霊が立っていた。



巴多家、当主。



視界に入れるだけで溢れんばかりの憎悪が胸の奥底からどろどろと沸き上がってくる。

確かに男という存在は一部を除いてみんな害虫だが、こいつはそんな生ぬるいモノじゃない。



――オマエデハ、ナイ。



囀るなよ。

お前は魂の一欠片すらも存在していいモノじゃねえ。

砂に足が取られて動きにくいだとか、そんなことは関係なかった。



俺は、こいつを絶対に消し去る。



存在していた想いも記憶も何もかも、この手で奪い取ってやろうじゃねえか。




「……消えろよ」




跡形もなく、な。

かつてないほどの想いを込めた一撃は、その想いを反映してか、充分すぎる威力を発揮し。

呆気ないほど、素早く……片が付いた。

……虚しくなるほど、呆気ない終わり、だな……。



――オマエデハ……。



往生際悪く呟きを残すそいつが完全に消滅するまで見送ってやる気なんて更々なく、俺はさっさと刀をしまうと身を翻して背を向ける。

確実に消した手応えはあったし、な。

にしても。



……お前じゃない、か。




「言われなくともわかってるさ、そんなこと」




見渡せば、水辺に木船が一艘泊まっているのが見えた。

その光景を目に、何となく眠りの家のことを思い起こしながらそちらへと向かう。

望まれているのが俺じゃないことくらい、あんなヤツに言われなくともわかっているさ。

これが、この行為が、単なる自己満足で何かを変える力もないことだって……。

わかって、いる。

木船を押し出し、水面にたゆたわせて乗り込む。

そのまま水上へと乗り出した俺には船を漕ぐことなんて初めての体験だったりするが、元々俺は器用な方だしな、何の問題もない。

……この場所は眠りの家のあの場所のように、彼岸と此岸を分かつ場所なのだろうか。

闇に飲まれるように水上を進み、やがて見えてきた白い砂地は、船を出してきた場所と同じもの。

違いと言えば、その奥には上り坂ではなく祭壇のようなものが設えられていることか。

懐中電灯で照らし出したそれは木造の質素な造りをしていて、とりあえず上ってみれば中央部に黒い台座が乗せられていることに気がついた。

……いや、この台座、黒いわけじゃねえな。

鼻につく、胃の底を刺激するこの臭いは……血か。

やれやれ、わかったところで動揺するほど慣れていない臭いじゃねえってのが何とも言えねえが……。

そういう問題じゃねえよな。


「……母さん」


母はここに連れられ何を想い、その最期の時に何を感じたのか。

台座の上に指を触れさせてみても、何も読み取ることはできなかった。

……ここには母以外にも、たくさんの最期がこびりついているはずなのにな。

わからないのは俺だから、か。


「俺じゃないなんて、わかってる」


全部わかっていて、それでも俺は選択したんだ。



歩を進める。

更に、奥へと。

その先にあるのは深い深い、闇。

暗い暗い、深淵。



俺は……俺ではそこに受け入れられることはないだろう。



あの細い通路をさまよい続ける村人たちのように。



それで構わない、構わなかった。



俺にとって大事な存在を、留めることができるなら。





すべてを……この命すらも、かけられる。





黄泉へと続くのだろうか、底知れぬ闇が口を開く穴の前で、俺は静かに刀を抜いた。

今更だが、こいつには随分世話になったよな。

俺にはなくてはならない相棒だ。

長年の感謝を込めて、その刀身に額を当て、目を閉じる。

冷たい無機質な感触に、何故か笑みが零れた。

こいつと一緒に迎える最期ってのもいいものかもな。

そんなことを思いながら、刀をゆっくりと移ろわせる。

研ぎ澄まされた、長年共にしてきた年月からその切れ味を熟知している刃を、そっと静かにあてがったその場所は……。



――……俺の、首。



大丈夫。

茨羅もあいつらも、自分たちで思っている以上に強いから。

乗り越えることも、立ち直ることもできるだろう。

だから、なあ。




「しあわせに、なってくれよ」




独りよがりな自己満足。



わかってはいるが、それでも願わせてくれ。



誰よりも愛おしい、大切な大切な妹だから。





食い込む刃は、怖くはなかった。








終ノ裏・了



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