そっと、母の身を離す。

同時に、いつの間にか傍まで来ていたらしい父が、引き受けるかのように母の細い肩を抱いた。

並んだ二人が浮かべる表情は、共に辛苦。

そんな顔をさせたかったわけじゃないのにと思いながらも、俺はできる限り幸せと強さを含めて笑みを浮かべる。




「さようなら」




これが、本当に最期。

俺にこの村をどうこうできずとも、せめて二人に安息をもたらせたらいい、と。

強く強く願いながら。

俺は迷いなく踵を返す。

母が泣き崩れたであろう気配を背中に感じながらも、俺の足が止まることはなかった。

……目指すのは、あの忌々しい、巴多家。








今となっては憶測の域をでることはない、が。

母はおそらく、障気に飲み込まれたこの村の闇に囚われることなく、死して後も村の調査をただひとり、行っていたんだろう。

だから俺も……たぶん、それ以上に茨羅も。

この村を動き回ることで母の思念を無意識に拾い集めていたんだと思う。

そう思う理由は今の俺自身のこの行動と、おそらく茨羅がとろうとしただろう行動とが物語っていた。

この村の儀式……いや、あの場所を封じるために本当にすべきことが、今の俺にはわかっている。

何をすれば本当の意味でこの村が解放されるのか。

俺には、わかっていた。

……たぶん、それがあと僅かでも遅れていたら……もしくはわかっていても気付かずにいたら。

今ここにいたのは、俺ではなく茨羅だっただろう。

そうなる前に行動できて良かったと、俺はこころから思っていた。

……茨羅には……せめてあの子だけは、しあわせになるべきだと思うから。

ただ……真冬には本当に申し訳なく思う。

あんなにも世話になったあいつに、俺は何ひとつ返すことができていないどころか、交わした約束すら果たせないのだから。

悪いな、真冬。

胸の内で謝って、それでも俺は奥へ奥へと歩を進める。

巴多の家の中を歩くというのはそれだけで気分の悪いものだが、今はそんなことを言っている場合じゃねえしな。

行き会う怨霊共は、躊躇うことなく片っ端から斬り捨てた。

もう男も女も関係ない。

邪魔をするなら叩き斬るだけ。

その中には盲目的に巴多に心酔するあの気色悪い紫苑家の当主もいたようだが……。

呆気なく情けなく格好悪い。

そんな最期があいつには酷くよく似合うと思えた。

下らなすぎて、馬鹿らしすぎて、もう嘲笑すら浮かばない。

そのまま歩いては斬って、歩いては斬ってを繰り返し、辿り着いたそこは奥に扉があること以外には何もない部屋。

さっきここまで来た時にはこの奥まで進まなかったが、今は違う。

俺は、この奥にこそ用があるんだ。

扉を照らすようにその扉の両脇の燭台の上で朧気にゆらゆらと揺らめく蝋燭の灯に、俺自身も照らされながら、躊躇うことなくその扉を開け放つ。

奥には細長く続く緩い下り坂が螺旋状に伸びていた。

ぐるぐると地下へ地下へ誘うように続くそこは、剥き出しの土壁や舗装されていない地面に囲われ、足場が悪く視界も悪い。

……時折視える、何かから逃げるように必死な形相で傍を駆け上ってゆく村人の霊や、頭のない村人たちの霊。

視えるだけで何の害もなさないそれは、おそらく過去の残滓。

……御導に代わり巫女にされた者たちの、どこにも逝けない魂の幻なのだろうと思う。

哀れむ気は、更々ないが。

無視を決め込み歩を進め続けた俺の足は、やがて硬質な感触から柔らかに僅か沈むような感触を捉えた。

地面が、細かな砂粒の群へと変わる。

同時に視界が広がり、今までの狭苦しい圧迫感から解放され、ふと上を見上げれば下りてきた分だけ高く伸びているのだろう天井を、ただただ深い闇が満たしていた。

視線を戻した眼前に続くのは、闇色をした水たまり。

海ほどには広くないそれはたぶん、村の裏に湛えられた湖とどこかで繋がっているのだろう。


「水神、か。よく言ったものだよな」


こんな形で水が溜まっていて、そこから障気が溢れ出るっていうなら、後付けにはもってこいの存在をでっち上げたものだと思えた。







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