ああ、本当に……母にはすべて、わかっているのか。

ここにきて話の終着点がどこにあるか察したらしい父の表情も歪みだした。

……死んでまで二人が苦しんでしまうような真似をする気はなかったんだがな。

俺は頭を掻きながらさりげなく話題を変えてみるかと試みる。


「てか母さん、手紙のあの殊勝さはどこいったんだよ。全然変わってねェし」
「あんなの茨羅に対してイイ母親ぶったに決まっているだろ。そんなことで話を逸らせると思ったら大間違いだぞ、弥生」


いや、いっそそこまであっさり言い切られると逆に清々しいな。

それに、いくら茨羅が小さかったために記憶があまり残っていないからって自分のことを捏造しようだなんて、どれだけ強かなんだよ。

まあ、それが母らしくもあるが。

とりあえず予想はしていたが、話題を変えることはできなかったみたいだな。

諦め半分に息を吐くが、しかしそれでもこの意志に変わりはないため態度を改める。

向き合う意を決した、といったところか。


「俺は確かに御導だが、たぶん俺じゃあ巫女の代わりは務まらないと思う」


誰にでも務まるものなら村はこんなことになってなどいなかっただろうし、そのことについては巴多で読んだ当主の日誌にも書かれていた。

御導の呪い云々を真に受けるつもりはないが、あながち全くのでたらめってこともないだろう。

それだけの仕打ちを、この村はし続けていたんだからな。

水神なんて架空のでっち上げだろうが、障気を止めるために必要とされる贄は、今や本当に御導の巫女のみ。

既婚で、更に子すら授かっている女性を巫女と称すその理由は、村の体裁のためと村人の罪悪感を軽減するためでしかないのだから、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

が、とにかく。

御導の遺志……恨みや怒りが、御導の巫女しか受け付けなくしているというのはきっと嘘ではないからな。

つまり、この村の状況を打破できる資格を持ち得るのは巫女としての条件を満たす……茨羅だけだということ。

そんなこと認められるわけがねえし、認めたくもないがな。

……だけど。

だけど、茨羅はそれを悟っちまった。

悟った上で、受け入れようとしてしまっていたようで。

……気付くことができたからこそ、俺にはそれを止めることができるんだ。

狡い、とはわかっている、この方法で。


「俺がこうすれば、さ。……茨羅は生きないといけなくなるから」


こんな束縛の仕方なんて最低だとはわかっている。

わかっているが、それでももう、こんな村のせいで家族を喪うのは嫌なんだ。


「弥生……」


母の、父の目が、苦しそうに悲しそうに伏せられる。

二人を責める気なんてまったくないし、そうすることはお門違いに他ならない。

でもきっと、二人自身は他の誰でもなく自分たちを責めてしまうんだろう。

遺して逝ってしまった、自分たちを。

……優しい、ひとたちだから。

だからこそ会いたくなかったってのも正直ある。

知られることなくひっそりと遂行できた方が、俺にとっても気が楽だっただろうから。

だが。


「すまない、親父、母さん。せっかく産んでもらったっていうのに、こんな返し方しかできなくて。でも俺は幸せだったよ。二人の息子であることができて。……茨羅の兄であることができて」


こころからの謝辞。

この年で正面からごめんとありがとうを真っ直ぐに伝えるというのはなんだか気恥ずかしいが、それでも伝えられる機会を得られたことを嬉しくも思う。

二人の最後の願いを知るからこそ、余計に。

……だからこそ、より申し訳なくも思うんだがな。


「……っ弥生っ」


思わず、なのか、母が突然抱きついてきた。

それに困惑したり羞恥したりするよりも、その腕の温度のなさが、幼い頃の記憶との違いが、悲しい。

強く強く俺を抱きしめる母の腕は小さく震えていて、ああ泣かせてしまったと、申し訳なく思った。

母の泣き顔なんて、一度しか見たことがなかったというのに。

俺はそっと母の背に腕を回すと、あやすようにその背を軽く叩く。

母の背丈は、今の茨羅と同じくらいだった。




「ありがとう、俺を産んでくれて」







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