諭すように、言い含めるように。

優しく終焉を告げる俺に、茨羅は今にも泣き出しそうなほど顔を歪める。

躊躇いからか迷いからかはわからないが、鍵を握るその手が僅かに緩められた隙を見逃さず、俺は茨羅の小さな手に自分の手を静かに添えると、そっと鍵を取り返した。

同時に、強く強く、茨羅の身を抱きしめる。


「に、兄さん?」
「……幸せにな」
「え?」


ぽつりと茨羅にだけ聞こえるよう、その耳元で小さな声音で耳打ちし、紡がれた言葉に彼女が戸惑っている間にその身を俺から解放した。

直後、離れた妹の体を、樹月の方へと軽く押し出し預ける。


「きゃあっ!?」
「わっ!?」


唐突だったため二人が小さく悲鳴を上げ驚いている間に、俺はつい今し方入ってきたばかりの扉を素早く戻り。

その扉を閉め、鍵をかけた。


「弥生!?」


追うように、強く扉を叩く音が耳朶を打つ。

緊迫感と驚愕と焦燥とを混ぜ込んだ声音で俺を呼んだのは深紅。

次いですぐに茨羅と樹月の声も届いた。


「兄さん!」
「弥生!」


案外人気者だな、俺。

まあ樹月は余計だが。

……そんな冗談めいた思考を流し、俺は目の前の扉にそっと触れ、小さく笑みを刻む。

ああ、思った以上に穏やかにいられているな。


「茨羅、お前に背負わせたりしない。俺が全部……終わらせてやる」
「……っ!」


格好良く言い切ってみせるが、たぶん俺には全部を終わらせることなんてできはしない。

俺は、阻まれてしまうだろうから。

わかってはいるが、それでよかった。

たとえどんな結果になろうとも、俺がこうしてここに残ることで俺の目的は達せられるはずだから。

これが優しい妹のこころを深く抉る行為だとしても、それでも俺は他の誰でもない、茨羅に生きて欲しいんだ。

茨羅はあれでいて強い。

それに、癪ではあるが、樹月も傍にいるんだ、きっと大丈夫だろう。

身勝手な兄で悪いな。

俺も……こんな形で手離すことになるなんて思いもしなかった。

守る、なんて言っておいて、結局はこの様だから笑えもしない。



それでも。




「樹月、深紅、澪ちゃん、茨羅を頼む」




願うんだ。



大事な大事な、かけがえのないただひとりの妹だから。




「茨羅……しあわせに」




静かに、ゆっくりと。

扉から、手を離す。

俺の名を強く呼ぶ声が聞こえたが、それを振り払うかのように。

俺は扉に背を向け、蔵を後にした。








蔵を出た先にはもう巫女の姿はなく。

まあその方が好都合だしと彼女の行き先を深く考えることも放棄した俺を、巫女の代わりに意外な人物が出迎えた。


「……弥生」
「!? 母さん!?」


父がいるのはまあ想定内だったが、何でここに母までいるんだ。

久方ぶりに会う母の容姿は最後に見た時と変わりなく、見た目だけなら茨羅とよく似ている。

まさか会えるだなんて思ってもいなかったため思わず驚いてしまったが、一拍後に落ち着きを取り戻した俺の胸中を占めた感情は懐古の念ではなく居心地の悪さだった。

……参ったな、何もこんな時に再会しなくともいいものを。

内心を表すかのように視線を両親から外した俺に向けられたのは、母からの小さな溜息。


「……帰るんだ、弥生。今ならまだ間に合う」


……これだから母に会いたくなかったんだ。

俺の考えなどお見通しだとばかりに淡々と紡がれるその言葉に、俺は僅かに眉根を寄せる。

了承したい話ではあるが、あいにくそうはいかない事情があるんだ。


「悪いな、母さん。……そうはいかない」


今度はしっかりと母を見据えて。

まっすぐに告げ言い切った言葉に決意の強さを込めれば、今度は母の眉根が寄せられる。

それは苛立ちからか不安からか心配からか辛苦からか……それとも、悲哀からか。

俺にはそこに込められた感情までを推し量ることはできなかったが、快く思われていないことくらいはわかった。


「……茨羅のことを頼む、と、そう願ったのは確かに私たちだ。だがそれはお前自身のことを蔑ろにしていいという意味ではない」







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