「お父さん、お母さん、ここまで……ううん、今まで、本当にありがとう。ここからは……ひとりで、いきます」
「……茨羅」


背筋を伸ばしてしっかりと告げる私に両親は揃って向き直り、先程の空気とは対照的な暗い表情を浮かべる。

こんなにも優しいひとたちに、心配や悲しみしか返せていない自分が情けない。

ごめんなさい、わがままを言って困らせて。

せっかく産んでくれて愛してくれたのに、こんなかたちでしか感謝を返せなくてごめんなさい。



だけどこれは、わたしにしかできないことなんだ。



そのことがすごく嬉しいけど、でもやっぱり少し寂しいだなんて、私、弱いね。


「どうしても、いくのか?」
「うん」
「……樹月君を、置いてでも?」


…………。

父はきっと、わかっていてそれを訊いている。

そうしてでも私を止めたいと思ってくれているんだと知ると、すごくすごく嬉しくなる、けど。

でも、ね。




「いく」




決めたから。



もう戻らないし、戻れない。






「さようなら、お父さん、お母さん」






深く、深く一礼。

頭を上げると同時にふたりに背を向け歩き出す。

一歩一歩、あの船の方へと。

暗い暗い、海のように広がるたくさんの水の、その先へと。




「っ茨羅っ!」




母が、名を呼ぶ。

でももう、わたしに答える術はない。

応えることは、もうできない。



ごめんなさい、ごめんなさい。



ありがとう、そして。





……さようなら。





泣き崩れる母の声を聞きながら、私はそっと目を伏せた。











木船を漕ぐのは初めての経験だったけど、難しいことは何もなかった。

何故ならそんなに頑張って漕ぐ必要もなく、緩やかな波が確実に少しずつ船を運んでくれていたから。

導くように、誘うように、その場所へと。

進むにつれてより一層深まってゆく真っ暗な闇に包まれながら辿り着いたその場所では、船に乗り込んだあの場所と同じ白い砂地が迎えてくれた。

船を泊めて降り立てば、まるで待っていたと言わんばかりに周囲に明かりが灯りだす。

辺りに設えられた燭台に、わたしを歓迎するかのように灯が宿ったのだ。

……蝋燭は、とうに溶けてなくなっているのに。

その灯火が照らし出すのは、この白い砂の海には不釣り合いにも思える少しばかり幅広に造られた壇。

木造の急拵えにすら思える質素な造りをしたその上に登れば、中央部に黒い台座が乗せられていることに気が付いた。

そこまで歩み寄り、更に間近でその台を見下ろしてみる。

そうすることで気付いた、違い。

この台座、黒いんじゃない……黒ずんでいるんだ。

鼻につく、錆びた鉄のような臭い。

その胃の底から気持ちが悪くなる嘔吐感をこみ上げさせてくる臭いこそが、この黒が元は赤だったのだろうことを物語っていた。

……ここがきっと、蛟龍の巫女を水神様に捧げる場所……祭壇。

ここで多くの……私の母も含む、多くのひとの命が奪われた。


「……お母さん」







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