――ギシキヲセネバ、ムラハ……。
「ひと在らずしての村になど価値はない」
言い捨てるように紡ぎ、私の前に私を庇うように立った父は、再び刀を構え直す。
……あのひと、村を守ることに固執するあまり、何を守りたいのか……守るべきなのか、見失ってしまったんだ……。
村はひとなくして存在できないのに。
ひとを守らずに村を守れるはずなんて、ない。
「あの者との決着は私が着ける。あの時成せなかったことを、今、成させてくれ」
「……戒瀬さん」
巴多の当主をしっかりと見据える父と、そんな父を見守る母。
あの時って、たぶん……。
ううん、これは私が口を挟んでいいことじゃない、きっと。
母とともに私も見守る中、父の刀はただ真っ直ぐに当主を捉え続けていた。
兄の動きとよく似た、けれどそれよりもより綺麗な、まるで舞っているかのように躍る刀。
父の体の一部なんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどとても自然に、流麗に舞うその刃は迷いのない鋭さを宿し巴多の当主へと翳される。
巴多の当主はそれに抗うことも避けることもなせないまま、幾度も斬られてはまた別の場所に現れるを繰り返した。
けど。
想いは、父の方が強かったみたい。
――ギシ、キ……ヲ……ッ。
苦悶の声を上げ、倒れる時がついにきた。
幾度も斬られ、そうしてようやく霊体を保っていられなくなったらしい当主の霊が、今度こそ本当に消えてゆく。
ゆっくりと、ゆっくりと。
最期まで「儀式」を口にして……。
……何がそこまで彼を追い詰めたのか、どうしてそんなにも儀式にばかり固執してしまったのか。
私にはわからない、けど、でも……。
同情すらも、できなかった。
巴多の当主の姿が消え、それを見届けた父はすぐさま身を翻すと、迷うことなく一直線に母の元まで歩みを進める。
そしてそのまま、その体を強く強く抱きしめた。
「……睡蓮。守れず……助けてやれず、すまなかった」
絞り出すような、耐えるような震える声音で紡がれる言葉が、私にまで切なさを訴える。
深い深い悔恨と悲しみとを痛いほどに伝えてくる苦しいまでの切ない空気を、父の背に腕を回しその背をあやすように優しく叩くことで母が柔らかく打ち消した。
「私はずっと戒瀬さんに救われ続けていたよ。私にはあなたの存在が何よりもの救いで……光だったんだ」
だから謝らないで、悲しまないで。
そんな意を含めた母の言葉は、それ自体を口にせずとも優しく暖かく伝わってきて。
幸せなんだ、って全身で伝えてくるその姿に、私は密かに涙を流した。
ああ本当に、なんてあたたかなのだろう。
私の両親は、こんなにも素敵なひとたちだったんだ。
そう思うと嬉しくて、嬉しくて嬉しくて。
……決意が、強まる。
零れた涙をひっそりと指先で拭い、私は改めてふたりを見つめた。
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