「私の儀式の後数年は保ったんだがな。やはりアレでは付け焼き刃に過ぎず、障気が漏れだした。巴多の当主はそれを収めるため、御導に代わり村の娘を巫女にし始めたんだ」
淡々と話してくれる母の言葉に、父の纏っている空気が変わったのを感じ取る。
ちらりと表情を窺えば、父は目を細めてただ黙り込んでいた。
……沸き上がる感情を抑え込んでいるのかもしれない。
「だがな……今更、だったんだよ。溜まりに溜まった御導の怨念が、そんな都合のいい話を受け入れるはずもない。当主は次から次へと首を刈っていったが、障気が収まることは決してなかった。結果が、これだ」
今のこの村の状況を思ってなんだと思う、母は肩を竦めて言い括る。
父が小さく自業自得だなと呟いた。
確かに、言われて思い返してみれば、さっき視たあの光景の中ではどのひとも青い髪はしていなかったように思う。
生々しいあの赤を思い返したら少し気分が悪くなってしまい、思わず口元を押さえてしまった。
「……茨羅、ここは私が先に行く。戒瀬さんには道が少し狭すぎるだろうからな」
……父の刀は壁とかすり抜けたりしないのかな?
私にはよくわからないけど、感覚的な問題なのかもしれないし、尋ねてみたりはしなかった。
「……無理はするな、睡蓮」
「無理も何も、私たちは既に肉体を持たぬ身。気負うものなどないだろう?」
「そういうことではない。私はお前を危ない目に遭わせたくはないのだ」
「……相変わらずの心配性だな、戒瀬さん。案じずとも、あなたとともに逝くまでは残るつもりさ」
……えーっと。
あの、私、どうしたら……。
父と母のやりとりに、私の方が赤面してしまう。
でも……こうして目にするとやっぱり嬉しい。
父と母がこんなにも仲がいいこと。
……私も、樹月とこんな風になりたかったな。
……ううん、願う資格も、私にはもうないんだ。
「……茨羅?」
黙り込んでいたせいか、心配そうに父が私を呼ぶ。
その声を耳に、思考に耽っていた頭を慌てて切り替え顔を上げた。
「ご、ごめんなさい。なんでもない」
口早に言えば、父は微笑し、そうか、と頷いてくれたけど。
その隣で私を見つめる母の目が、つと細められる。
すべてを見透かすかのようなその眼差しに指摘されるより早く、私は慌てて笑みを繕った。
「進もう。お父さん、お母さん」
……怖かったの。
言い当てられることが。
言葉にされて、迷ってしまうことが怖かった。
だからすぐにでも押し込めてしまいたかったんだ。
大丈夫。
私は、進める。
しっかりと道の先を見据え直す私を見て母は一度瞼を伏せ。
それからすぐに身を翻した。
「……わかった」
短い了承。
それは私に背を向けて放たれたために、どんな表情を浮かべて紡がれたものだったのかはわからない。
けど。
……何も言わずにいてくれた母に、感謝と……謝罪を、心の中で呟いた。
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