扉の先は細い通路になっていて……ううん、通路なんて呼べるほど舗装はされていなくて、剥き出しの土の壁に囲われた足場も掘り出されたままのように悪く、ただ壁にかけられた蝋燭の灯だけが手元や足元を申し訳程度に照らし出す薄暗い細道。
そこは緩い下り坂になっていて、ぐるぐると螺旋状に下へ下へと伸びていた。
足場が悪いため蝋燭の灯だけでは心許なくて、懐中電灯で足元を照らしながら転ばないよう気を付けて進んで行くと……。
「……っ!」
突然、目の前にひとりの霊が現れた。
ぐるぐると道がくねっているせいで気付くのが遅れてしまったその霊には……頭が、ない。
「茨羅っ!」
突然のことに対応が遅れてしまった私の傍をすり抜け、母がすぐさまその霊を消し去ってくれた……けど。
「っきゃあっ!」
何っ!? なんなのっ!?
道の奥から次から次へと首のない霊たちが溢れてくる……っ!
これはいったい……。
――儀式は、せねばならぬのだ。
……え?
唐突に低い声が聞こえてきたと同時、目の前が真っ赤に染まり上がった。
耳をつんざくような悲鳴が聞こえたかと思った刹那には、それは激しい水飛沫の音へと変わる。
私へともたれかかるように崩れ落ちてきたそれは……頭を失った、もとはひとであった物体。
生々しい切断面を隠すかのように留まることなく飛沫続ける真っ赤な血を浴びながら……ううん、実際に浴びているわけじゃないけど、その感覚が妙に現実的に伝わってきていて……そんな中で私はその血飛沫の後ろに立つひとの姿を視た。
色のない眼差しで崩れた遺体を見下ろす、男のひと。
頭と言わず体と言わず全身を赤く染めたそのひとは、それが彼自身の流す赤というわけではないのだろう、平然とただそこに佇んでいる。
その左手に無造作に握られた、髪の束。
その先についている頭部はひとつだけではなく……けれどどれも同じ色、恐怖に彩られていた。
――儀式を……村のために。
男のひとは無感動に抑揚のない声音で小さくそう呟き、首を携えたまま身を翻す。
用があるのはその首だけだとばかりに、崩れた体には欠片も見向きもしなかった。
……今のって……。
「……っ! 茨羅っ!」
大きく声をかけられ我に返る。
現実に戻された感覚に目を瞬かせ焦点を定めれば、目の前にいたのはあの男のひとではなく、母だった。
辺りも、赤くない。
「茨羅、大丈夫か!?」
「あ、う、うん。大丈夫」
不安そうに私を覗き込んでくる母に、慌てて強く頷いた。
頷きはしたけど、でもやっぱりああいうのってなかなか慣れるものじゃないなって思う。
なんだかまだ全身に血が着いているような気がして、つい腕をさすってみてしまった。
母は私の返事を聞き、とりあえずは安堵してくれたみたい。
小さく息を吐いていたけど、それからすぐに顔をしかめて私を見据え直した。
「……視たのか?」
何を、と訊き返す必要はなくて。
私は静かに、ただ小さく頷いてみせる。
それに再び息を吐いて瞼を伏せた母もきっと、あの光景を視たことがあるんだろう。
いつ視たのかまではわからないけれど。
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