カタチこそひとつだけれど、ひとりのものではない、それこそ大勢の負の感情が凝縮された存在こそが、あの巫女の正体。

だからこそ私たちの誰ひとりとして、あの存在を打ち消すことができなかった。

それは、それだけ御導の怒りや悲しみ、恨みや憎しみは強いということに他ならない。

……当然、だとも思える。

でも、だからこそ。

彼女たちには安らかに眠って欲しい。

もうこれ以上こんな場所に囚われず、次へと巡って欲しいと願うんだ。

だからこそ、そのためにも私が今ここで彼女たちと向き合わなければならない。

わたしでないと、駄目なんだ。


「……私は、逃げません」


一歩。

自ら巫女へと寄り、手を伸ばす。

開いた手のひらは、巫女に触れないぎりぎりの距離に在る。

巫女の淀んだ青い目は、ただ静かに私を捉えていた。



――ごぽり。



小さく泡立つ、水音。


「わたしが、終わりにします。だから……逝ってください」


想いが通うことで終わりの先へと導けるなら。

私のこの力で、彼女たちに巡ってもらいたいと、そう思う。

だからお願い……通じて。



――ごぽ。



私の願いを込めたその言葉に返ってきた答えは、変わりないあの水音。

それはつまり……。



私の想いは、通じなかったということ。



落胆する間はなく、逝くことのなかった巫女の体が突然ゆらりと僅かに揺れた。

襲いかかってくるのかと緊張すると同時、巫女は身を反転させ、緩やかに歩み出す。

赤い筋を地に引きながら向かう先は……。



私たちがこの部屋に入ってきた、戻る道に続く唯一の扉の前。



そこで立ち止まると、巫女はすっとこちらに向き直る。



――ひゅー……ごぽ。



距離が開いたことで髪に隠れるようにして見えなくなった青い目は、それでもきっと私を捉え続けているのだろう。

水音が、いけ、と言っているように感じた。


「信じきれない、か」


眉を寄せて母が呟く。

母がどんな想いでそう口にしたかはわからないけど、でも巫女がそう思う気持ちはわかるような気がした。

……彼女たちにはきっと、誰ひとりとして信じられる相手がいなかったのだろうから。

御導とは、そういう家だったのだろうから。

信じてもらえないことは悲しいけど、でも仕方がない。

私は、恵まれていたもの。

せめて襲われずに済んだだけ、完全に疑われたわけじゃないって都合よく思ってしまってもいいだろうか。



……どのみち、わたしの決意が変わることはないけれど。



でも、そう。

きっと、大丈夫。

すべてが終わったその時には、みんなこの村から解放されてくれると思うから。

皆神村や、眠りの家での時のように。

巡るには少し遅くなってしまうけど、でも必ず逝けるようにしてみせる。



それがわたしの成すべきことだから。



わたしの、決意だから。



「……いこう」




巫女に背を向けて、先へと続く扉に向かう。

扉にかけた手は迷うことなくその扉を押し開け、躊躇いなく足を踏み出す。

錆びた鈍い音を立てて私たちを吐き出した扉が背後で閉まったけれど、私が振り返ることはなかった。







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