場違いだとはわかっていても僅かに緩んでしまう表情を抑えきれずにいると……。



――ミコ。……ギシキヲ。



……あ、忘れてた……。

母とのやりとりの間にすっかりその存在を忘れてしまっていた紫苑家の男性が、体をゆらゆらと揺れ動かしながらこちらへと近付きつつ手を伸ばしてくる。

けど、その手が私を捉えることはなかった。


「私たちの娘に触れようなど、身の程知らずが」


母が低く紡ぐと同時、男性の霊は歪な悲鳴を上げてその場にうずくまる。

そしてゆっくりと……消えていった。


「え……あれ? 今、いったい……」


何が起きたのかわからず戸惑う私に、母は苦笑し。

私から離れると、静かに私を見据えてくる。


「私には茨羅のような浄化の能力はない。だが、あの程度の輩なら私にとっては取るに足らない輩だからな」


……えーっと、つまり。

霊力任せに消し去った、ということなのかな。

ちょ、ちょっと強引な気がしなくもないけど、でも……。

その攻撃性も、なんだか兄と似ているように思えてほんのり胸の中に暖かなものが広がってゆく気がした。


「……私の両親は普通の人間だったから、この霊力はどこから得たものかはわからないんだがな」


そうなんだ……。

って、母の両親ということは、私や兄の祖父母にあたるひとたちなんだよね。

どんなひとだったのか気にはなるけど……。

……訊くのは、やめておこう。

母と父がこんなにも仲睦まじい感じだから錯覚しそうになるけど、御導ってふたりみたいに暖かいものばかりじゃなかったはず。

ううん、むしろそうじゃないものの方が多かったんじゃないかって思う。

……だからこそたぶん、母も訊かれたくはないだろうし。

聞いてもいい話なら母の方からしてくれるよね、きっと。

わいた問いを口から出す前に自分の中で留め、今は先に進まないとと改めて意識を奥の扉へと戻す。

直後。



――ごぽり。



……きた。

どこでかまではわからなかったけど、避けては通れないだろうことくらいはわかっていた遭遇。

その前兆である重苦しい空気を含んだ水音に、無意識に体が強張る。

それは父と母にしても同じだったらしく、場に緊張に満ちた空気が流れ始めた。

そんな中、私たちの視線は歪んだ薄暗い空間へと向けられ、そこに水音を伴いゆらりと現れた彼女の姿を捉える。

……巫女。

青く長い髪を垂らしたその女性の霊が身に纏う着物は、首から溢れ出る血で真っ赤に染まっていた。

留まることを知らないかのように流れ続ける血はひどく鉄臭く、生臭い臭いを突きつけてくる。

……胃の辺りがぐっと押さえつけられるような感覚がして気持ち悪い。

でも……向き合わないと、まっすぐに。



――ごぽ。



血を流す首元と口元で、空気を含んだ赤い気泡が弾けた。


「……あれは厄介だ。茨羅、あなたにならわかるだろう?」


母に確信めいて問われ、巫女をしっかりと見つめ直す。

……うん、今なら……わかるよ。

本当にしなければいけないことを理解した、今なら。


「巫女は……ひとりじゃない」


あの巫女は……ひとりじゃないんだ。

それは複数人の巫女がこの村をさまよっているとか、そういうわけじゃなくて。

……巫女とされた御導のひとたちの恨みが、憎しみが、ただひとつのあの姿を得てそこに在る。







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