巴多家の入り口は、兄たちのお蔭で既に開かれていて。

その先で出くわした怨霊たちはみんな父が倒してくれたから、割とすんなり進んでいくことができた。

初めて訪れる巴多の家は他の家とは比べものにならないくらい広い屋敷だったけれど、私がここで迷うことはない。

たぶん、母や……母以外の巫女とされてしまったひとたちや、他にも儀式に関わったいろいろなひとたちの思念が遺されていて、わたしを導いているんだと思う。



……向かうべき、場所へ。



巴多家を奥へ奥へと進んでゆき、階段を上っていくつかの扉を抜けてきた私たちは、何もない、ただ広いだけのその部屋へと辿り着いた。

奥に、扉がひとつだけ見える。

その扉を照らしだすかのように、両脇に立てられた燭台の上で蝋燭の灯がゆらゆらと揺れていた。

きっとこの先が「そう」なのだろう。

知らないけど感覚的に感じとり、私の歩は止まることなく進んでゆく。

その足が丁度部屋の中央部に辿り着いた、その時だった。



――ミコ。ギシキ……ギシキヲ。



低くくぐもった呻き声にも似たその声音が何もないこの部屋の中を響き渡り。

ぼんやりと靄を纏って私たちの目の前に現れたのは……紫苑家で会った、あの男性の霊だった。

彼はその窪んだ両目で私を捉え、にたり、と笑う。

弧を描く口元が、なんだかひどくおぞましかった。

嫌な悪寒に思わず身震いし、両腕で自分の体を抱きしめる。

生理的な嫌悪って、こういうのをいうのかな……。

そう思うと、少しだけあの男のひとに申し訳なく思えてきた。

……でもやっぱりあの笑みは苦手だ。


「儀式儀式と煩いな、巴多の狗め」


…………。

………………え?

あれ、今のって……。

忌々しそうに舌打ちながら呟かれた言葉は、確かに私のすぐ傍から聞こえてきたもの。

でも、今私の傍にいるのって、父と母……だけ、のはず、なんだけど……。

戸惑いながらちらりと視線を動かせば、まず目に入ったのは父の苦笑。


「……睡蓮、地が出ている」
「……あ」


父に言われ、しまった、と声を上げたのは他でもない私の母で。

……えーと、あの……気のせい、じゃない……のかな。

戸惑いを残したまま移ろわせた視線の先で、母が困ったように頭を掻く。

それから小さく息を吐くと、私に苦笑にも似た微笑を向けた。

……あ、なんだか兄の表情に似てる気がする。


「ま、今更か。優しく女らしい母というのはどうにも難しいものだ」


告げながら、せめて私には良い母親と思われたかったのだと続けた母。

良い母親の定義ってなんだろう……。

よくわからないけど、でも。


「お母さんは私にとって最高のお母さんだよ」
「……茨羅」


それはまあ、確かにちょっとびっくりはしたけど、でも口調とかそんなのは関係ない。

私は母のこどもとして生まれてこれたことをしあわせに思うし、誇りにだって思っている。

そう思ったままに伝えれば、母は一瞬目を見開き。

それから勢いよく私に抱きつき抱きしめた。

ちょ、ちょっとだけ苦しい、かも。

でもそれよりも……なんだかすごく嬉しい。

母に抱きしめてもらえるということは、それだけでとても嬉しいことなんだ。

……もう、叶わないと思っていたから、余計に……かな。







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