「ごめんなさい、茨羅。私のせいで」


母の目から零れる滴。

悔恨と贖罪の念を告げる母に、私は迷うことなく首を振る。

私は母を恨んでなんかいないし、私自身のこの選択に後悔もしていない。

だってこれはきっと。



わたしの生まれてきた意味だから。




「謝らないで、お母さん。お母さんは何も悪くない。むしろ私、感謝してるんだよ。私を産んでくれたこと」


優しい父母や兄のいるこの家族の中に生まれてこれたこと。

樹月やみんなに出会えて、一緒の時間を過ごしてこれたこと。

何かを大事に想える気持ちや、守りたいと願う気持ちを知ることもできたし、何より……。



誰かを、こころからあいするというかけがえのない想いを抱くことができた。



それは親愛だったり友愛だったりもするけど、その中でも私はとびきり大切な「いとしい」を知ることができたの。



だからね、私はすごくすごく恵まれていたんだって、素直にそう思える。

こんなにもすてきなものに囲まれて、大切なものの傍に在れたんだもの。

私はとてもとても……しあわせなんだよ。

だから、だからね。




「大丈夫。後悔はしないよ」




今も、これからも。

きっと、後悔はしない。

……それはやっぱり本音を言えば寂しくもあるし、悲しくもあるけど、でも。



これは、わたしが終わらせないといけないことなの。



それが私の……ううん、わたしにしか、できないことだから。



わたしになら、できることだから。




「私、いくね」


小さく浮かべた笑みに、無理はなかった。

短く、けれどしっかりと告げた私に、父も母も悲しそうに苦しそうに顔を歪ませていたけれど。

母は一度小さく首を振ると、先程までの表情に宿っていた感情を取り払った強い眼差しで私を見据える。


「……せめて見送らせて。……さいごまで」
「睡蓮」
「考え直してくれるならいくらでも泣いて縋るし、代われることなら喜んで代わる。でも私にはもうそれはできない。私の手はもう、どこにも届かないから」


心配そうな父に見守られながら凛と告げる母の言葉は、それでも微かに震えていて。

母親としての想いというものをわかる術のない私は、母が今どれだけの想いを抱えているかもわかってあげられないけど。

……きっと、たくさんの想いを、押し殺してくれているんだろうとは思う。

親不孝者でごめんなさい。

私はこんなにも幸せに生きてこれたのに、何ひとつ返すことができなくてごめんなさい。

母と父が命を賭して願ってくれたしあわせな生を、自分で手放してしまってごめんなさい。

心の中で何度も何度も謝り、けれど決めた意志はやっぱり曲げられないわたしの想いを父も汲み取ってくれたらしく、父は母の肩を気遣わしそうに抱き寄せながら私を見据えた。


「恨めしくも私にはお前や睡蓮のような能力はない。だがこの身であるが故に今ならば露払い程度はできるだろう」


そっか……父にはもともと霊力がないんだ。

でもこの身であるが故ってことは、今ならありえないものたちを倒すこともできるってことなんだよね。

さっきの、兄と一緒に怨霊を斬り伏せたあの時のように。


「……ありがとう、お母さん、お父さん」


私本当に、二人の子供で幸せだよ。

たくさんたくさん、数えきれないほどの温もりを、本当にありがとう。

ごめんなさいと同じだけ、ありがとうも胸を占めてる。

この想いをもっとしっかり伝えられたらよかったのに……。


「……そろそろ、いくね」


全部全部飲み込んで、私に言えることなんて多くない。

今の私に赦される権利はきっと、多くはないから。

だからこそ短く告げて、ただまっすぐに顔を上げる。

目指す先は。



――巴多家。














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