蔵を出た先にはもう巫女の姿はなく。
どこへ行ったのかとか考える間もなく、巫女に代わり私を出迎えてくれたひとたちがいた。
「茨羅……」
蔵のすぐ外、そこにいたのは父と、そして……。
「……お母、さん?」
青い髪と目を持つ、私とよく似た容姿の女のひと。
父の隣に違和感なく佇める、私と似た容姿の女性なんてきっとひとりしかいない。
そう思っての呟きに、女性は僅かに顔を歪めるとすぐさま私へと駆け寄ってきて、私を強く抱きしめた。
「茨羅……っ!」
父と同じ、温もりのない体。
けれど確かに伝わってくる、体の……心の奥底からこみ上げてくる熱に、私の視界が滲んでゆく。
「おかあさん……」
ああ、やっぱりこのひとが。
私たちの、母なんだ。
母は私の体を強く強く抱きしめたまま、堰を切ったように言葉を紡ぎ始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、茨羅っ! 私の、私のせいで……っ」
……私のせい?
いったい何が母のせいだというのだろう。
わからずに戸惑っていると、私を抱く母の腕により力が込められた。
少しだけ、苦しい。
「関わったからいけなかった。私はあなたたちに……あなたに、近付いてはいけなかった……っ。私は……」
知ってしまったから。
言い括られてもやはり意味を理解できないでいると、静かに近付いてきた父が優しく母の肩を叩きそのままそこに手を置く。
それに顔を上げた母は父と視線を交わし、緩やかに私から離れると、目線を悲しげに落として改めて口を開き直した。
「残らなければいいって、戻ってこなければいいって、そう願った。あのまま帰って、幸せに暮らしてくれることを、望んでいた」
……だけど私は戻ってきてしまった。
母の願いを叶えることなく、こうしてこの村に留まってしまったから……。
母をこんなにも悲しませてしまっているのは、他でもない私なんだ……。
「茨羅、あなたは遺されてしまったものに強く影響されてしまう。自分でも自覚があるとは思うけど……」
「……うん」
それは幼い頃からの私の体質。
もうこの世には存在しないはずのありえないものたちが遺した想いや感情に、私はとても影響されやすい。
「あなたはこの村に……この村の儀式に、本当に必要なことをわかっている。だからこそここに残ったんでしょう?」
「…………」
確信的な言い方。
問うというよりも確認するといった響きを宿すその言葉に、私は静かに目を伏せ……頷いた。
「いつから気付いていたのか、もう自分にもわからないけど、でも初めは小さな疑念だったものが、今では確かに確信になってる」
小さく呟けば、母は短くそう、と返し。
何かに苦悩するように眉根を寄せて、それから絞り出すように言葉を声に乗せた。
「それは私のせいなの。私が知ってしまったから、だから茨羅に気付かせてしまった」
母の霊力は強く、村の至るところにその欠片が遺されている。
目には見えないそれらをたぶん、私は自分でも気付かない内に集めてきてしまったのだろう。
神社に、塔。
私がこの村で歩んだ足跡は、母が最期に遺した足跡と重なるもののはずだから。
「触れなければ、接しなければ、それは確信にはならなかったかもしれないのに。……ごめんなさい、茨羅。私にはどうしてもあなたを放っておくことはできなかった……っ」
……思い、出した。
私、この村で母に会ってる……っ。
記憶が曖昧で、夢か現実かの区別もつかなかったようなあの時。
あの塔の上で、私は確かに母に会った。
あの時顔がわからなかったあの女性……確かに母に間違いない。
そう……そういうことだったんだ。
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