兄の強さはよく知っているけど、父も強い……。

いつだったか、兄が自分の刀の扱い方は父の見よう見まねだと言っていたことがあったけど、確かに振り方や薙ぎ方がよく似ていた。

……私も、父や母の仕草の何かひとつでも覚えていたなら良かったのにな……。

言っても仕方ないことだし、これはきっと父を困らせることにしかならないだろうから、この寂しさは私の胸の内だけに留める。


「さて。あとはこの村から出るだけだな」


一息吐いて兄が告げた。



……村から、出るだけ。



その言葉に反応するかのように、直後に聞こえてきたそれは……。





――ごぽり。





あの、水音。

その音は悪寒を伴い私達の後ろから聞こえてきて。

振り返れば、予想通りそこには青い髪を持つ巫女がいた。

儀式で断たれたのであろう首から、とめどなく赤い液体を吐き出して。



……ちょっと待って。



巫女の身体は確か、首を水神様に捧げられ、体は捨てられる、だったはず。

それなのに……。



捧げられたはずの首が、存在している……?



水神様自体をこの村が……ううん、巴多家が創り出した幻想だったのだとは思うけど、でも。



違う、そうじゃないって、私の中で何かが強く訴える。



何が違うの……?

いったい……何が……。



ちがう、のは……。




「ああ、そうか……」




思わず小さく零してしまった呟きは、幸い誰にも拾われることはなく。

その先に続くそれはわたしの中にごく自然に、当たり前のことのようにすとんと落ちてきて、しっかりと根付いた。



そう、そうなんだ……。





求められたのは、首なんかじゃ、ないんだ。





どうしてわかるかなんて、私にもわからない。

でもそれは確かにわたしの中のすべての疑念を解いて、それこそが答えなのだと告げてくる。

わかってしまいさえすれば、後はそう……芋づる式につり上がってくるだけ。

違うものの真実も、本当に必要なことも。



……わたしの、ことも。



全部、ぜんぶ、流れるように溢れ出て私を埋める。

そこに感慨は何もなく、ただ……理解だけが存在した。


「弥生、茨羅、皆さんと行きなさい。ここは私がおさえよう」


すっと、私たちを庇うかのように私たちと巫女との間に進み出たのは父。

ひどく力強いその背が伝えてくる想いは……別れ。


「親父……」
「私なら心配ない。元より既に死している身、もはや生を惜しむ必要もあるまい。……早く行け」


背中越しに語られるその言葉に惜別の念はなく、ただ……私たちを案じ、想ってくれる慈しみが強く感じられた。

その言葉を耳に最初に動き出したのは兄。

兄はすぐに蔵まで駆けると、鍵で封じられたその扉を素早く開け放つ。


「さっさとこの村を出るぞ!」


告げる兄の言葉に従い、深紅さんが、澪ちゃんが、すぐに蔵の中へと入っていく。


「茨羅」


早く、と差し出された樹月の手。

私は一度父を振り返り、けれど何も言えなくて、そのまま樹月の手を取った。

私たちが一緒に蔵へ入るのを見届けてから自身も蔵へと踏み入った兄も、特に言葉を発することはなく。



さよなら、は、なかった。



ううん、さよなら、だけじゃない。



私の中にはもう、ただひとつしかないの。

たったひとつ、それだけがわたしの中を大きく、そして強く満たしている。

暗闇の落ちる埃と黴臭い蔵の中。





わたしはひとり、決意を固めた。










第十七幕・了



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