てあげ



屋敷の奥へと進み、元の形を取り戻したあの鏡を社の中の祭壇に納めて更に奥へと進んでゆく。

その先で突然白黒へと変わってしまった視界。

その中で視た映像は、零華さんを乗せた吊り牢と、その前に立つこの屋敷の当主らしきひとの姿だった。

牢がより地下へと下げられていくその直前、まるで何かを求めるかのように格子越しに外へと伸ばされた、零華さんの手。

その手は結局何に触れることもできずに、無情にも牢は零華さんを乗せたまま下げられていってしまったけれど。



……零華さんが求めていたものは、きっと要さんの温もりだったのだと。



そう、感じた。











弐拾 「てあげ」











奥へ奥へと進んでいき。

あの時深紅が真冬を追って触れた扉を、今度はこの夢から解放されるためにしっかりと開いた。

途中、この屋敷の当主やら巫女姿の少女たちやらの霊が現れ邪魔をしてきたが、茨羅と深紅の霊力の前では誰ひとりとして相手にもならず。



……正直、深紅が少し怖かったことは秘密にしておくとして。



俺たちはようやくここまで辿り着いた。


「何だここ……。水に、灯篭?」


ぴちゃりと弾ける水音。

足元に流れる水の上で、多くの灯篭が儚げに揺らめいている。

水の深さは浅いため、足が濡れて少しばかり不快なくらいでさほど歩行の邪魔にはならねえが……。

何となく、不思議な光景だ。

これで氷水だったりしたら最悪だが、幸いなのか水温もそれほど低くはなく、かといって温いほどでもない。

素足に草履な俺はまだしも、足袋を履いている茨羅や靴下を履いている奴らは湿った感触に不快度高めかもな。

まあ、それで音を上げる奴もいねえけど。


「奥に何かありますよ」


ふと深紅に示され、導かれるままにそちらを見ると、視線の先に何やら石造りっぽい建物が見えた。

……建物、だよな、アレ。

とりあえず近付いてみれば、かなり狭いが入れなくはなさそうな入口があり……。


「よし、じゃあ螢、行ってこい」
「えっ!? 俺ひとり!?」
「当然だろ。お前が中の様子を確認して無事に戻ってきたらみんなで入る」
「戻ってこなかったら?」


馬鹿だなあ、螢。

その場合は……。


「別の方法を探す」
「俺はっ!?」


それはアレだ。

表面上は尊い犠牲ってことで。


「弥生、口に出てますよ」


出してんだよ、深紅。

抗議したそうにしている螢のことはもちろん無視。

刀の柄に手をやってみせれば簡単に押し黙るんだから扱いやすいよな。


「まあ螢で遊ぶのはこのくらいにして。じゃ、ちょっと行ってくる」
「弥生っ!?」
「兄さんっ!!」


軽い口調でそう言いながら入口に近付く俺に、すぐさま驚いたような心配するような声がかけられる。

そんな声を出さずとも、ここは俺が行くのが一番妥当だと思うんだが。

何があるかわからねえような場所に女性陣を行かせるのは論外として、螢なんぞ行かせたところで役に立つとは思えねえし、樹月は怨霊にでも遭遇した際に戦い慣れていねえだろうし。

……一応言っておくが、いくら俺でもあわよくば樹月を抹殺できるかも、なんて考えねえぞ。

さすがにもう、失うのだけは勘弁だからな。

樹月は生き抜いて茨羅と別れればいい。

と、脱線。

すぐに思考を引き戻し、俺はみんなへと振り返ると、いつもと同じ笑みを浮かべてみせた。


「心配すんなよ。ちゃんと戻ってくるから」


こんなところで死んでやる気は更々ない。

そう告げるが、すぐに深紅が俺の着物の袖を引き、承諾できないと俺を見上げた。


「私も、行きます」
「あのなあ……」
「戻ってくるならっ! 一緒に行っても大丈夫でしょう!?」


うおっ、かつてない剣幕だな、おい。

何とか説得しようとする俺に、深紅は必死に食らいついてくる。



たぶん、真冬と重ねられてるんだろうと、そう思った。



帰ってこない気だって更々ねえんだけどなあ……。

もちろんここで情に流されて連れて行くこともできるわけだが……。


「深紅。茨羅を頼む」


その情のせいで万が一にでも深紅を危険な目に遭わせたら、俺は間違いなく後悔する。







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