想いの破片



コエが聞こえた。



――もう一度……逢いたい。



ただ、もう一度。



もう一度だけ、あなたに……。











拾九 「想いの破片」











屋敷中に、想いが……コエが溢れている。

刺青の巫女……ううん、久世零華さんの、想い。

私の中にまで入り込んでくることはないけど、その想いは充分に伝わってきた。



痛くて、哀しくて、苦しくて……切ない。



彼女がずっとひとりで……ひとりきりで抱えていた想い、そのもの。




「……行かないと」




受け止めて、あげたい。

彼女の本当の想いを。

ふらりと歩き出した私の腕を、誰かが突然引き止めるように掴んできた。


「茨羅、待って!」


振り返ればそこには樹月が立っていて。

その後ろに、兄やみんなの姿も見える。


「……聞こえるの」
「聞こえる?」


小さく呟けば、樹月は首を傾げて問い返した。

その言葉に私は小さく頷いて答える。


「零華さんの、コエ」


彼女の、想い。

そう告げるとみんなは戸惑った様子で。

けれどすぐに樹月が私の手を握り、微笑んでくれた。


「付き合うよ、茨羅」
「……樹月……」


私のやりたいこと、わかってくれたんだ……。

嬉しくて、彼の手を握り返しながら小さく笑みを返す。

それと同時に、兄が私の傍まで歩み寄り、いつものように頭を優しく撫でてくれた。


「どっちだ、茨羅」
「兄さん……」


それは兄も付き合ってくれるという意思表示。

私は嬉しく思いながらも、戸惑いの視線を他のみんなへと向ける。

それに螢さんも怜さんも深紅さんも……みんなが、頷いて応えてくれた。


「……ありがとうございます」


私の想いを、汲んでくれて。

私はみんなへと深く頭を下げると、すぐに零華さんの声を辿りだす。



最初の声は、あの大きな木のある場所から聞こえてきていた。




「! ねえ、あれって……」
「零華さん……」


怜さんと深紅さんが小さく呟く。

二人を含めたみんなが目にしたのは、あの木の前に静かに立つひとりの女性の霊の姿。



刺青を刻まれる前の、久世零華さん。



――離れたくなかった……。一緒にいたかった……。私はここです。ここにいます……。



切なく胸を締め付けるその声音で、囁くように小さく言葉を紡ぎ、零華さんの姿は闇に溶けるように緩やかに消えていってしまう。



……一緒に、いたかった……。



そう、ただ、一緒に……。




「ん? あれは……」


ふと何かに気付いた様子で声を発すると、兄は零華さんのいた場所へと近付きその何かを拾いあげる。

その後すぐに戻ってきた兄の手にあったそれは、鏡の破片のようだった。

破片だけど、見覚えがあるらしい深紅さんがそれを見て呟く。


「それって、砌の鏡……ですか?」
「たぶんな」


みぎりの、かがみ?

聞き覚えがなく首を傾げる私とは違い、それが何かを知っているらしい兄は深紅さんに頷いて答えながら僅かに困った様子で眉根を寄せた。


「何で割れてんのかわからねえが、蛇目がこれな以上、他の破片も捜さねえと奥には行けねえぞ」


……あ、それが蛇目だったんだ。

どうしてそれが割れているのかは兄の言うように私にもわからないけど、それがないとあの社の奥に進めないことは私も知っている。


「その破片、あのひとが持っているのかしら?」
「……どうだろうな。なあ、茨羅。他にも声が聞こえるか?」


怜さんの言葉に肩を竦めて答えつつ、兄は私に問いかけた。

その問いに答えるため、私は一度辺りを見渡してみる。

それからしっかりと頷いて答えた。


「うん。こっち」


進む道は私の行ったことのない道だったけれど、聞こえてくる声を頼れば迷いはしない。

……零華さんは、もしかしたら導いているのだろうか。

想いを、知ってもらうために。







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