路、再び



目が覚めた時の痛みは相変わらずだったが、目が覚めたことに俺は安堵した。

意識が覚醒するとすぐに上体を起こし、深紅の様子を確認することにした、が。


「おはようございます、弥生」


繋がれたままの手をしっかりと握り。

既に先に起きていたらしい深紅の、笑みに細められた眼差しと目が合った。

……先手を取られるとか完全に不意打ちで少しばかり気恥ずかしくなる。

してやられた感じだ。


「……おはよう」


無事で良かったとか、言いたい言葉も想いもたくさんあるが。

そのすべてを収める良い言葉が思い付かず、俺はどうにか笑みだけは形作りながら、短く答える。


「……弥生、変な顔」


失礼な。

そう思いはしても、小さく笑うその姿に安堵したこともまた事実で。

だからこそ、今度はちゃんと笑みを返した。

……まあ、苦笑、だが。

来客を告げる呼び鈴の音がこの部屋にまで響いてきたのは丁度その時で。

俺は一度深紅と顔を見合わせると、ともに階下へと向かうことにした。











拾七 「路、再び」










螢さんに連れられて訪れたのは、怜さんの家。

ここに兄がいるんだと思うと、凄く気がはやる。

兄さん……やっと、会えるんだ……。


「良かったね、茨羅」
「……うん」


傍らに立つ樹月の言葉に、彼の手をしっかりと握りしめ、彼を見上げて小さく微笑み頷いた。

その間に螢さんが呼び鈴を鳴らし、扉を開けてくれた怜さんが私たちを迎え入れてくれる。

私たちは簡単な挨拶と樹月の紹介を終えると、まずは仏間に通してもらった。

それが、螢さんの願いだから……。

通してもらった仏間に設えられた仏壇。

そこに置かれている遺影は、怜さんの恋人であり螢さんや兄の友人である、優雨さんのもの。

……私は直接会ったことがないけれど、その写真を目に凄く優しそうなひとだなって思った。

怜さんや螢さんを見る限り、それはきっと間違っていないだろうと、そう思う。

会って、みたかったな……。

静かに思いながら、仏壇の前で手を合わせて目を閉じる螢さんに倣い、私も同じように手を合わせた。

螢さんには私よりも思うことがたくさんあるよね……。

だからこそそこに踏み入ってはいけない気がして、私は螢さんの邪魔だけはしないようただ黙ってそこにいた。

やがて顔を上げた螢さんはどこか寂しそうに優雨さんの遺影を眺め、それから何を言うでもなく身を翻す。

それまで黙って私たちを待っていてくれていた怜さんに案内され、次に通された場所は居間、だったんだけど……。




「茨羅っ!」




部屋に入って早々、私は突然強く抱きしめられてしまった。

え、えっと……。


「に、兄さん……?」


行動があまりに早くて姿を一瞬しか確認できなかったけど。

私を抱きしめてきた相手は兄で間違いない、と思う。


「茨羅、会えて良かった。俺は……っ」


兄さん……。

すぐ傍から聞こえてくる兄の声は今までに聞いたことがないほど弱々しく、微かに震えていた。

そこに込められた想いを代弁するかのように、私を抱きしめる兄の腕により力が込められる。

私は兄の背に腕を回すと、宥めるようにその背をゆっくりと撫でてゆく。




「大丈夫。私は大丈夫だよ、兄さん」




兄はきっと、悔やんでいる。



あの村のことも、樹月や八重たちのことも……私を、未来に飛ばしたことも。



けれど兄はいつでも真剣で、本気で。



全力で、すべてに向き合って選択していることを、私は知っているから。

恨んでなんかいないし、兄が悔やむようなことなんて何もないよ。



だから……謝らないで。




「茨羅……」
「兄さん、会えて良かった……。また会えて、良かった」
「ああ。俺も、茨羅に会えて、良かった」


少しだけ体を離して今度こそしっかり兄と向き合う。

久しぶりに見た兄は妹の私から見ても相変わらず格好良くて……まっすぐに私を捉える黒い瞳を覗き込むとそこに私の姿を見つけることができた。

前は当たり前のようにすぐそこにあったものが、今は何だか少し気恥ずかしい。

けれど優しく頭を撫でてくれるこの手の感触がとてもとても懐かしくて、暖かくて……。

本当に、本当に……会えて良かった、と、そう強く思う。

思わず目の奥が熱くなってしまうけど、私にはもうひとつ、直接私が兄に伝えなければならないことがあった。

それは……。







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