弾かれたように身を起こす。

汗ばむ体と肌に纏わりついてくる服、それから上がってしまっていた息と鼓動に不快を感じるが、それ以上に……。


「……っいっ……」


全身にまるでその存在を教え込むかのように刺すような痛みが駆け巡る。



とうに、気付いていた。



あの夢をみる度に広がるこの痛みは……。



祭壇に奉られていた皮膚に刻まれていたものと同じ刺青が、徐々に徐々に刻み込まれていっているためのものだ、と。











拾伍・黒 「生」










痛みはしばらくすると何事もなかったかのようにただ静かに引いていった。

それに一度息を吐いてから起き上がると、俺はすぐに急いで深紅の部屋まで向かう。

いつもならきちんと扉を叩いて了承を得てから部屋に入るのだが、気が焦る余りあいにくそこにまでは気が回らず。

とにかく無事でいてくれ……っ。

願うように思いながら、鍵がかかっていなかったのを良いことに、俺は勢いよく目の前の扉を開け放った。


「深紅っ! 無事かっ!?」
「……あ。弥生……」


扉の奥、深紅の部屋の中で、彼女は自分の寝台の上に座り込み、虚ろに落としていた視線を億劫そうに来訪者である俺へと向ける。

その顔にまで広がる刺青がはっきりと視えてしまい、俺は思わず息をのんだ。

……まずいな、これは……。


「……私たち、死ぬんです」


ぽつりと。

再び俯き呟いた深紅の言葉に一瞬理解が遅れ、俺は思わず眉根を寄せた。


「何、言ってんだ」


紡がれた言葉の内容を、その意味を噛み含め、そこから発生した不快感を隠すこともせず低く問う。

諦めたような、受け入れたかのような、そんな態度が気に入らない。

何が死ぬんです、だ。

ふざけるな。



生き残ったというのに。



背負うべきものがあるというのに。



放棄することは、赦されねえだろ。




「この刺青は私が生きている罰なんです」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが急激に冷えていった。


「……ふざけるなよ、深紅」


男だったら、殴っていたかもしれない。

これを螢が言っていたら問答無用で斬っていただろうし。


「……弥生……」
「何でお前が罰せられる? お前が何の罪を犯したって言うんだ」
「私は……兄を、真冬兄さんを置いて……生きて……」


本当に……何を言ってるんだ、深紅。


「真冬を置いてきたことなら、俺だって同じだろ。だが……」


それにより罰せられることを。

このまま、ただ死んでいくことを。




「生を棄てることを、真冬が望むと思うか?」




あいつは度が過ぎる程人が好くて。



呆れる程、優しい存在。



それなのに……。




「真冬を棄てるな」




生きなくてどうする。

死んでしまえば、あいつとの記憶を棄てることになるんだぞ。


「生きているからこそ背負えているあいつとの記憶を、そう簡単に手放すんじゃねえよ」
「……弥生……。でも……っ、でも、時間が経つ毎にその記憶すら薄れていってしまうんですっ! 忘れたくなんかないのに……っ」


……深紅。

お前、ずっとそれで悩んで苦しんでいたのか。

忘れたくなくて、あの夢にまで縋ってしまうほどに。




「忘れねえよ、絶対」
「……弥生」
「忘れさせたりしない。俺が、絶対に」




俺だってあいつのことを忘れたくはないし、深紅にも忘れさせたくない。

だからこそはっきりと、真っ直ぐにそう告げれば、深紅は小さく俯いた。

想いはきっと複雑だろう。

……二年も抱えていたんだろうから、当然だな。

だが。








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