真冬と要



「……弥生、気色悪いほど機嫌良いですね」
「気色悪いとか言うんじゃねえよ」


最近、堂々失礼だよな、深紅。

まあ今は機嫌が良いから気にしねえが。

何せ……。



俺の可愛い可愛い大事な妹と話ができたんだからな。













拾四・黒 「真冬と要」













今日かかってきた螢からの電話。

俺は螢から必要な情報を聞き出すと、もう螢は用済みだと茨羅を電話口に出すよう命じた。

螢は何やら生意気にも抗議してきやがったが、それを斬るぞの一言でねじ伏せると、すぐに茨羅に受話器を受け渡したようだ。

最初から素直にそうしろよなと思いながらも、その時にはもう既に螢のことなんざ俺の頭から綺麗さっぱり消えている。

何せ大事な大事な妹の可愛い声が耳に届いてきたのだから。

懐かしさすら覚える妹の声はどこか涙ぐんでいて。

必死に俺の心配をして無事を喜ぶ彼女に、自然と頬が弛んだ。

謝らなければいけないし、話さなければならないこともたくさんある。

だがそれには電話などではとても足りなくて。

明日にでも合流するという螢の言葉に、俺は名残惜しい想いを堪えて妹との電話を切った。

その夜、またあの夢に引きずり込まれちまったわけだが。




「……冗談だろ」




茨羅の声を聞けて気分が浮上していた俺の目の前に、何の嫌がらせか皆神村の家屋内部とよく似た光景が広がる。

村中を調べる時に一度密かに潜入しただけだが……逢坂家にそっくりだな。

何だってこんな……。

……そうか、氷室邸だって繋がっていたんだ。

誰かの記憶が影響しているのかもしれないな。

俺は氷室邸の方に出されたから、他に考えられるのは……。

茨羅か、茨羅が助けようとしているっていう螢の姪、だな。

とにかく、人の古傷を抉るようなものばかり見せるんじゃねえと思う。

せっかくいい気分だったのに台無しじゃねえか。

本当、この屋敷の趣味の悪さには辟易するな。

そう考えながらも先を急ぎ……。


「……いい加減にしてくれ」


更に辟易しながら双子の間にそっくりの部屋を通り抜け、書物蔵へと出た。

ああもう本当、誰の悪意だこの野郎。

……俺の日頃の行いは悪くねえぞ、絶対。


「弥生、大丈夫ですか?」


内心が態度に出ていたのか、俺はよほどげんなりしていたらしい。

心配そうに深紅が見上げてくる。

直接訊いてくることはないが、俺の態度でこの場所がどこかを薄々感づいてはいるようだ。

何だかんだで本当は優しい奴なんだよな。

俺は小さく苦笑すると、安心させるように深紅へと強く頷いてみせた。

深紅に気を遣わせてばっかりってのも格好悪いしな。


「ああ。それより、この上みたいだな。さっさと行くか」
「……はい」


上の階から、啜り泣きとともに兄を呼ぶ少女の声が聞こえてくる。

この声……俺たちの前に何度も現れ、その度にどこかへと導こうとしていたあの巫女姿の少女の声か。

その予想はやはり当たっていたらしく、階段を上っていった上の階では、彼女がひとり、隠れるようにして泣いていた。

しかしその姿は一瞬後には消えてしまい、そこには彼女が手にしていた一冊の書物だけが残される。


「戒ノ儀文書、か。これをあの祭壇に置けばいいんだよな?」


ここに来る前に立ち寄った書庫らしき部屋。

そこの祭壇にこれを納めるよう指示されたお蔭で、こんな面倒臭い回り道をする羽目になったわけだが。


「そうですね。それじゃあ戻りましょうか」


……戻る、ねえ。


「面倒臭……」
「思っていても口にはしないで下さい」


……ちっ。

わかったわかった。

素直に大人しく帰るから、そんなに睨むなよ。

さて、仕方ない、ぱぱっと帰るか。















……で、あの本を祭壇に置いたところ、上の階から何やら仕掛けが作動した音がしたため、今はそこにいる。

あっちをうろうろこっちをうろうろ……氷室邸もそうだったが、誰だよこんな七面倒臭ェ仕掛け考えた奴。

……当主、だろうか、やっぱり。

住むにも住みづらくて仕方ねえだろうに。


「……中にいませんね」


ぽつりと呟く深紅と俺の目の前には今、あの吊り牢がある。

だが深紅の言う通り、その中にいたはずの女性の霊らしき姿はなくなってしまっていた。

その代わりにとでもいうかのように……。


「あれは……鏡、か?」


牢の中には古い鏡が置かれていて。


「ちょっと取ってきますね」


そう言って深紅が回収してきたそれには、何やら蛇の紋様が刻まれていた。

……蛇、ね。

それにこの形……。


「これが螢の言っていた蛇目とやらか?」


確信はないが、可能性があるならとりあえず。


「行ってみましょう」
「……そうだな」


ま、行くしかねえだろ。

俺は深紅と頷き合うと、屋敷の奥にあるという社を目指すことにした。











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