灯火
「そう言えば。ここが夢の中だからかな。茨羅、着物姿なんだね」
「あ、うん。やっぱり私にはこの方が楽みたい」
「そっか。うん、洋服も似合うけど、その姿も可愛いよ」
「え、えーっと……。あ、ありがとう……」
うう……て、照れる……。
どうして樹月は笑顔でさらりとそういうことが言えるんだろう……。
私は気恥ずかしくて熱が集まる頬を両手で挟み、軽く目を閉じる。
そこに……。
「見つけたッ!」
螢さんの声が響き渡った。
拾参・紅 「灯火」
「酷い……酷いって、絶対……」
……な、何だか、心身ともにぼろぼろのように見えるけど、螢さんにいったい何があったんだろう……。
驚く私とは違い、状況を理解しているらしい樹月は変わらず平然としていた。
「でもあの女性が用があったのは螢さんだったみたいですし、僕にはお邪魔できませんよ」
「人違いだって!」
……えーと、やっぱり話が見えないけど、口は挟まない方がいいのかな。
たぶん。
「うう……。髪投げつけられながら追い回されて……囲炉裏のある部屋まで逃げ回ってきたよ……」
再会できたと思ったら、螢さんは螢さんで大変だったみたい。
何があったかはよくわからないけど……。
「お疲れ様でした、螢さん」
苦笑を浮かべて労いの言葉を紡げば、螢さんは一瞬固まり。
そして……。
「無事だったのか、茨羅ちゃん!」
「きゃあっ!?」
唐突に、思い切り抱きしめられた。
「え、あのっ……け、螢さんっ!?」
ど、どうしたんだろう、突然。
思わぬ出来事に驚き慌てる私の傍で、樹月が螢さんへと満面の笑みを浮かべてみせる。
「……何を、しているんですか? 螢さん」
「ひっ!」
樹月の言葉に、螢さんは慌てた様子で私から離れた。
何故か顔色が一層悪くなった気がするけど……大丈夫かな。
「え、えーっと、茨羅ちゃん。どうしてここにいたんだ?」
咳払いをひとつして、それから引きつった笑顔を浮かべた螢さんからの疑問。
その言葉を受け、私は自分がしようとしていたことを思い出した。
「! そうだ……、怜さんを追わないと!」
「れいさん?」
私が口にしたその名前に首を傾げる樹月と螢さんに、私はここに来るまでのことを簡単に説明する。
「そうか……怜か……」
話をして知ったことだけど、どうやら螢さんは怜さんを知っているらしい。
私の話を聞くと、難しそうな表情を浮かべて何かを考え込んでしまった。
一度だけ小さく呟かれた、そこからもれたのかという言葉だけは聞き取れたけど、その意味までは私にはわからない。
……何がもれたのかな。
「それじゃあ、この先へ行ってみようか」
疑問を問う間もなく気を取り直した様子の螢さんが、そう言いながら扉に手をかける。
私は一瞬それを止めようとして……伸ばしかけた手を慌てて引き戻し、強く頷いた。
……足踏み、している場合じゃない。
早く怜さんを見つけて合流しないと。
螢さんは私と樹月に目を馳せ頷くと、その扉をゆっくりと開いていく。
同時に、まるで吹き付けてくるかのように溢れ出した重い空気。
押し潰されそうな重圧に、目の前がくらりと眩む。
「う……」
樹月と螢さんの呻き声が耳に届くけど、私には二人に声をかけることができなかった。
……どうしよう……体が重くて、立っていられない……。
息もうまくできなくて……苦しい。
これ……さっきの染みのある回廊の時より重い……。
「茨羅っ!」
ぐらりと、大きく歪んだ視界。
耐えきれず倒れかけてしまった私を、寸前で樹月が支えてくれた。
「……ごめ……なさ……」
駄目、声もうまく出せない。
あまりの辛さに思わず目を閉じたその瞬間、私の頭に鮮明な、それでいて凄く現実味のある映像が流れ込んできた。
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