「どう、して……」


どうして、螢さんがいないの?

さっきまでは確かに傍にいたのに……。

……まさか。


「螢さんは、目が覚めた……?」


そうだとしたら、私は?



私はどうして起きないの?











拾・紅 「怜」











「茨羅ちゃん……」


心配そうな繭ちゃんの声が聞こえてはっとする。

何がどうなっているのかはわからなくて戸惑うけれど、だからといっていつまでもここにいるわけにもいかないと気持ちを改めるため首を振った。

とにかく、動かないと。

じっとしていても、澪ちゃんを救えるわけじゃないんだ。


「繭ちゃん、とりあえず私は行ってみるね」


ここと繋がっていた、見覚えのないあの屋敷の方へ。

何か手掛かりがあるかもしれないから。


「……茨羅ちゃん」
「繭ちゃんは澪ちゃんの傍にいて。私は大丈夫だから」


手の中にある射影機を抱え直し、繭ちゃんに微笑みかければ。

繭ちゃんは少し躊躇った後、静かに頷いた。


「ごめんね……、ありがとう。気を付けて」
「うん」


私は繭ちゃんに小さく手を振ると、あの屋敷への扉を開く。

その先の廊下に出たところで少し悩み、どこに向かうべきかわからないからとりあえず知っている道を進んでみることにした。

一応、あの鐘のある廊下までなら行けるはず。

そう思いつつ進んでいると、突然前方に灯りが射した。


「!」


思わず身構えるけど、その灯りの奥から現れた人物の姿を目に僅か驚く。



……生きている、ひとだ。




「あ、あの……」
「!」


勇気を出して声をかけてみるけれど、現れた女性は私を警戒するように後退る。

私からすれば灯りを頼りにいち早く相手に気付くことができたけれど、相手にしてみれば灯りを持たない私は突然現れたようにしか見えなかっただろう。

だからというわけでもないだろうけど、私が生きているか死んでいるか、判断できないといった様子に見えた。

私は一度深呼吸をすると、その女性に再び言葉を向けることにする。


「私、茨羅といいます。えっと、一応生きている人間です」


なるべく柔らかく告げるよう心がければ、女性は驚いた様子で目を見開き私を見た。

直接的に顔へと向けられると目に悪いから、女性の持つ灯りは私の顔より下の方を捉えている。


「……茨羅……? そう言えば、その髪……もしかして、弥生君の妹さん?」
「……え?」


どうして……兄を知っているの?

私たちは互いに驚き合いながらも、とりあえずまずはお互いの事情についてを話し合った。

彼女の名前は黒澤怜さんというらしい。

恋人を亡くしてしまったことで、この屋敷に囚われてしまったのだと彼女は言った。

更に話を聞けば、私が兄に言われて捜していたヒナサキミクさんと一緒に暮らしているとのことで……。

それから……。




「兄さん……っ、やっぱり生きていてくれた……っ!」




今、私の兄も怜さんの家でお世話になっているのだと知った。



――良かった……。また、会えるね……兄さん。



嬉しくて涙を浮かべる私の頭を、怜さんが労るように優しく撫でてくれる。

会って間もないけど、その手の温もりのお蔭か怜さんの傍って何だか凄く安心できた。


「茨羅ちゃん、せっかく出会えたのだから、一緒に行動しましょう?」


優しい声音で提案された内容は私にとって願ってもないことで、私は怜さんを見上げるとしっかりと頷いて返す。

私に何かあてがあるわけでもないし、それなら怜さんと一緒にこの夢についての情報を集めた方がいいと思う。

そう考えた私は、射影機をしっかりと抱え直し、私の答えを受け歩き出した怜さんの後に続いた。

怜さんはこの屋敷の奥の扉を開けようとしているとのことで、今はそこにかけられた封印を解いている最中らしい。

その封印を解く鍵を捜して屋敷の中を歩いていくと、壁に何か染みのある回廊に出たためその中を進んでゆく。


「……っ」


何、ここ。

……呻き、声……?

それに、何だか呼吸がしにくいような……。

この回廊に着いてから感じる息苦しさに、私は思わず眉を寄せて胸元を押さえる。

体中を圧迫されるような空気を取り込みにくくされているような、そんな感覚に少しばかりくらりとした。






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