終わらせてはくれない



眠くて……ただ、眠くて……。

借りた部屋に戻るだけの気力も持てず、座っていた居間のふかふか椅子にもたれかかり瞳を閉じたその先で、私が視たそれは……。



黒澤家の大広間で、しっかりと手を繋ぎあう澪ちゃんと繭ちゃんの姿と。



そして……。



闇の中で鮮やかに舞う、紅い蝶たちの姿だった。












七・紅 「終わらせてはくれない」












「ごめんなさい……ごめんなさい」
「澪……っ」


澪ちゃんと螢さんの声を聞いて、私はゆっくりと目を開ける。

そこは前回目を覚ます前にいた場所、黒澤家の牢の前のようだった。

私は意識をはっきりさせるためにも一度小さく首を振り、それから牢に手をかける螢さんの隣まで歩いてゆき、並んだ。


「螢さん……。この牢には、陰の鍵と陽の鍵の二つが必要なんです。探しに行きましょう」
「茨羅ちゃん……。ああ、わかった。待ってろよ、澪。必ず助けるからな」




……そう、助けないと。



まるでこちらの声が聞こえないかのように牢の中でただひたすらに繭ちゃんを呼び続け、謝り続ける澪ちゃん。

その姿を目に、改めて強く強く胸の内で思いながら、ふと気付く。


「あれは……紅い、蝶……」


ひらり、と。

澪ちゃんの傍から舞いだしたのは、一羽の紅い蝶。

紅い蝶……だけど……。


「繭、ちゃん……?」
「え?」


蝶の姿に透けて重なる後ろ姿。

それは紛れもなく繭ちゃんのもので。


「お願い、茨羅ちゃん……澪を、助けて」


呟くような私の声に応えるかのように、繭ちゃんは肩越しに少しだけ振り向き。

悲しそうな、泣き出しそうな表情と声音で私に告げる。

告げた直後、ふわりと蝶は舞い、まるで導くかのように奥へと続く扉の前で消えてしまった。


「茨羅ちゃん、今、繭って……」
「え? ……視えませんでしたか? 螢さん」


驚いて問う私に、螢さんは首を傾げる。



……螢さんには、繭ちゃんが視えない?




「……澪ちゃんを助けて欲しいと言っていました。急ぎましょう、螢さん」
「……ああ、そうだな」


たぶん、気になることはたくさんあるだろうとは思うけれど。



今は何よりも澪ちゃんを助けることを優先しないといけない。



わかっているからこそ私たちは顔を見合わせ頷き合うと、紅い蝶……繭ちゃんが導くようにして消えた、屋敷の奥へと向かうことに決めた。












扉の先は黒澤家の大広間へと繋がっていて。

その先の扉を抜けた先の場所は、私には見覚えがなかったけれど。

……たぶん、ここも皆神村。

あの村を知っているせいか違和感を覚えて仕方ないけど、どうやらこの屋敷は皆神村の家々の至る場所を繋ぎ合わせて構成されているみたい。

元は澪ちゃんの夢だから、澪ちゃんにとって印象深い場所たちなのかもしれないなと小さく思った。

予測でしかないけれど、この場所は逢坂家なんじゃないかなと私は考える。

あの時、私が行かなくて澪ちゃんが行った家は逢坂家だけだったはずだから。

あの時に限らず、逢坂家に行ったことがない私がこの場所に覚えがないことも、ここが逢坂家なら説明つくし。

そんなことを考えていると、突然周りの空気が重く歪みだした。

ひゅっと喉の奥が詰まり、息苦しさまで覚える。

全身の皮膚が粟立つこの感覚に、思わず押し潰されてしまいそうになった。



――モウ……ミタクナイ。



意識を捉えられないよう何とか耐えていた私の耳に響いてきた声は、私が一番最初にこの夢をみた時に聞いた、あの声。

苦鳴を上げながら必死に訴えてくるその声は、哀しみと絶望を色濃く宿していた。



――……いったい、何を見たくないのだろう。



疑問に思うだけの余裕がもてるくらいには、自我の確立を安定させられたみたい。

未だに突然こられると意識を持っていかれることもあるけど、それでも小さい頃からのことだから少しは自分で対応できる方法も学んでる。

自分を強くもたせておけば、ありえないものたちに意識をもっていかれることも極端に少なくできた。

そういうわけで、きちんと自分の思考で聞こえてきた女性の声に疑念を抱いていると、ふいに螢さんに片腕を掴まれる。

突然のことに一瞬びっくりしてしまったけど、今は思考に耽っている場合じゃないと気付くことができ、慌てて体勢を整えた。







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