ユメ


雪が、降る。

静かに、静かに。

ただ、しんしんと。

子守唄のような歌声が聴こえて。

何かを打ち付けるような音が響く。

そこは、古い一軒の家屋で。



――声が、聞こえた。



……モウ、ミタクナイ、と。













参・紅 「ユメ」













「……ちゃん、茨羅ちゃん」
「う……ん……」


私の名前を呼ぶ、男のひとの声。

誰だろう……、兄のものでも樹月のものでも睦月のものでもないその声。

でも、聞き覚えはある気がして。

私はゆっくりと目を開けた。

ぼんやりと定まらない視界の中見えたものは、天井から吊られた大きな鐘と……。


「……螢、さん?」


私を覗き込んでくる、澪ちゃんのおじさんの顔。


「え? あれ? どうしてここに螢さんが……?」


だってここは立花家……。

あれ?


「立花家じゃ、ない?」


体を起こして周りをよく見てみるけれど。

こういう十字の廊下も、天井から吊られた鐘も、立花家には存在しない。

見覚えだってない場所だし、どうして私、こんなところにいるんだろう。

状況が飲み込めずに困惑しながら、私はとりあえず螢さんに向き直った。


「あ、あの……。どこですか、ここ……」


訊いてみるけれど、螢さんにもよくわからないらしい。

ただ、書物などに載っている、眠りの家と呼ばれる場所ではないかと教えてくれた。


「……眠りの家、ですか?」
「ああ。死者に逢える場所……逢った死者に、死へと招かれる場所と言われている」


……死者に……。


「どうやら君も俺も、澪の夢に影響されてしまったようだな……」


澪ちゃんの夢……。

そう言えばさっき視えた光景は、確かに澪ちゃんに聞いたものと同じだった。

それじゃあ、これは……。


「夢、なんですか?」


問えば螢さんは小さく頷く。

そして螢さんの知っていることを私に教えてくれた。



この屋敷では確かに死者に逢うことができるといわれているけれど。

この夢に招かれてしまった者は、徐々に現実での睡眠時間が伸びていき、それと同時に体中に蛇のようなあの刺青が広がっていく。

そして最後には、黒い炭のような痕を遺して消えてしまうのだと螢さんは括った。




「すまない。君まで巻き込んでしまって……」


突然、私に向かって深く頭を下げてきた螢さん。

私と螢さんは澪ちゃんの夢に影響されて、この屋敷に誘われてしまったようだとのことで。

それ故の謝罪らしいのだけれど……。

螢さんが私に謝る必要なんて、どこにもない。



だってそれは、私にも責任があることなのだから。




「螢さん、顔を上げてください。澪ちゃんがこの夢をみている原因は、私にもあるんです」
「……え?」
「私は……繭ちゃんを救えなかったから……」


あの儀式を、止めることができなかったから。

悔しくて申し訳なくて視線を落とした私は、重ねた両手を強く組み合わせる。

私がもっとしっかりしていたら……繭ちゃんを失わずに済んだかもしれないのに。

私にそこまでできたなんて思うのは驕りかもしれない。

でも、私はあの村の儀式のことを知っていた……あの村の一員だったのだから、もっと何かいい方法を選べたんじゃないかとどうしても思ってしまう。

……たとえあれが、繭ちゃん自身や紗重の望みなのだったとしても。


「茨羅ちゃん……」


螢さんは、あの村のこともあの儀式のことも知っていた。

私の兄に聞いたらしい。

繭ちゃんのことを澪ちゃんが話したがらなかったから、私も詳しくは告げていないけれど。

でも、螢さんにはわかったみたい。

優しく大きなてのひらが、ゆっくりと宥めるように私の頭を撫でてくれた。


「茨羅ちゃん、自分を責めないで。俺はその場にはいなかったけど、君が悪いわけじゃないことくらい、澪の様子を見ていたらわかる。だから……」


私は決して悪くないわけじゃない。

救えなかったことは、事実だから。

でも、だからこそ。

私が、やらなければならないことがある。






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