悪夢・始動
とりあえず。
俺はしばらく、怜の家の居間で寝泊まりさせてもらうことになった。
弐・黒 「悪夢・始動」
服は以前真冬に貰ったものとかを深紅がとっておいてくれたらしく、とりあえずしばらくはまたそれらを借りて着ることにする。
もともと着ていたあの黒の着物は酷く血を吸い込みすぎたため、廃棄するそうだ。
……残念ではあるが、どのみち普段着ることもなくなるだろうから、まあいいか。
あれだけの血液を纏っていたからには、深紅も怜も不審に思っただろうが、俺が語ろうとしないため、二人も深くは訊いてこなかった。
怜はともかく、深紅は色々と俺の事情を知っているからな。
気を遣ってくれたんだろう。
まあとにかく、世話になりっぱなしというのもさすがに気が引けるから、近い内に何か仕事でもしねえとな。
そんなことを考えつつ、居間にある椅子の上で横になる。
……何だか、ひどく疲れていた。
立て続けにいろいろとありすぎたせいか。
とにかく今は少しだけ、眠りたかった。
…………。
おいこら、これはいったい何の冗談だ。
眠ったはずの俺が見たのは、降りしきる雪の中に佇む大きな屋敷。
そしてそれを見た直後、何故か俺は忘れもしないあの場所に立たされていた。
そこは……。
氷室邸の、玄関。
「……ちっ。気分悪いな」
悪態を吐いて、一歩前へ。
直後、背後に感じた背筋を這い上がり纏わりついてくるような物凄い悪寒。
この感覚は……。
――モウ、ミタクナイ。
瞬時に振り返ったその先には、玄関の扉しかなく。
そこには何もいなかったが……。
「……クソっ」
あの、感覚は……。
……霧絵と対峙した時と、同じもの。
また面倒なことに巻き込まれたのか。
もうこういうのは遠慮させてもらいたいんだがな。
これじゃあ俺、災厄呼び寄せる体質みたいじゃねえか。
辟易とし、とにかく駄目でもともと、引き返してみようかと玄関の扉に手をかける。
が。
「……っ開かねえっ」
やっぱりというか何というか……。
俺は溜息を吐いて、仕方なく歩き出すことにする。
氷室邸の玄関だからか、入ってすぐのこの場所にはやはり左右に扉を見つけることができた。
……あの仕掛けって確か、あの面倒臭い面を使ったヤツだよな。
またやるのか、あれを。
うんざりしつつも、今は手元に面がないため、道は左手側の扉の方へと限られる。
仕方なく俺はそちらに向かい、扉を開けた。
「っっきゃあぁっ!?」
「っ!」
開けた瞬間、響く悲鳴。
辛うじて俺は声を上げずに済んだが、驚いたことは事実。
思わず息を飲み、目を見開いてしまった。
その原因である、目の前に突然現れたひとりの人物。
それは……。
「深紅?」
「弥生?」
互いに呆けた声を出し。
けれど直後に深紅から漏れたのは、安堵の吐息。
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