二年



今日も、雨。

連日続く雨にいい加減辟易し、深紅はそれを溜息へと変え帰路を急ぐ。

そろそろからりと晴れ間をみせてくれないと、洗濯物を思い切り干すこともできない。

布団だって干したいというのに。

鈍い薄闇を落とす曇天は、それだけでも気分を下降させるには充分すぎるほどだった。

もう一度息を吐き、深紅は俯き加減に傘を握りしめつつ現在世話になっている黒澤家へと足を進める。

ようやく見えてきたその家の前まで来て見つけたそれは、黒と赤。


「……何だろう……」


ひとの家の前に、と。

小さく呟きながら、深紅はゆっくりとそれに近付いてゆく。

雨に濡れる黒と、雨で流れて広がる赤。

近付く度に強くなる、鼻をつく鉄の臭い。


「まさか、死体……なんてことは……」


現実味のないその単語は冗談混じりに紡ぎ出されたものだったが、あいにくそのすべてを冗談とするにはこの臭いと色とが誤魔化しきれないものだった。

嫌な想像に眉根を寄せる深紅の目に、見知った物が映し出される。


「え? 刀……?」


思わず軽く目を見開きつつも、もしかして、と、慌ててその黒の正体を確かめてみれば……。




「っ! 弥生……っ!」




二年振りの再会は。



降り止まぬ雨の中で、約束通り。



――果たされた。










壱・黒 「二年」










暗闇の中、ふっと急速に浮上してゆく意識。

俺は目を開くと弾かれるようにすぐさま上体を起こし……。


「いっ……!」


後頭部に走った鋭い痛みに眉根を寄せた。

反射的にそこに手をやれば、その指先に触れる布のような感触。

覚えたのは、疑念と違和感だった。


「……?」


とりあえず、記憶を辿ってみる。

俺は確か、皆神村での儀式を止めようと黒澤家の屋敷を訪れ……。

そこで不覚にも、村人のひとりに頭を強く殴られた。


「……く……っ!」


捕まって刀を取り上げられてしまう前にと刀の柄を強く握りしめたところまでは覚えている。

現状、こうして一応無事でいるということは間一髪あの場から逃げ出せたということなのだろう。

だが、それはつまり……。



儀式を、止められなかったということを物語る。



その事実を悟り、俺は奥歯を噛み締めて強く強く拳を握った。



結局、この異能があったところで何ひとつ出来ることなどありはしなかったと。



――……思い、知らされた。




「……すまない……っ」




樹月や睦月にも、八重や紗重にも、千歳にも……。



そして、茨羅にも。



俺は、どんなに謝ろうとも決して赦されはしないだろう。



そう思ったところで、ふと気が付いて顔を上げる。


「そうだ……、茨羅っ! ……って、そういえばここはいったいどこなんだ?」


ようやく気付いたが、今俺がいるこの場所に見覚えはまったくない。

見たところ、誰かの……えーっと、内装からして女性の部屋……みたいだが。

……ん?

ちょっと待て、何か着ている服も違うぞ!?

いや、だがこの服は……。


「……あ」



軽く混乱を引き起こしていた俺は、部屋の扉が突然開け放たれことにより一度思考を引き戻し、とりあえずすぐにそちらを向いてみる。

すると、開いた扉に手をかけたままの状態で、きょとんとこちらを見つめてきている少女と目があった。

……彼女は……。


「深紅?」


少し大人びたような気もするが、間違いない。

彼女は、俺の恩人であり大事な友人でもあるあいつの妹、雛咲深紅だ。


「……っ弥生っ!」


当惑も束の間。

深紅は俺の名を呼ぶとすぐに駆け寄ってきて、俺の顔をまっすぐに覗き込んだ。


「訊きたいことはたくさんあります。けどまずは、体、大丈夫そうですか?」
「ああ、まあ」
「そうですか……。それじゃあ……」


俺の答えに、深紅は柔らかな安堵の笑みを浮かべる。

が、次の瞬間。




「話して、くれますね?」




……笑顔の気迫に磨きがかかったんじゃないかと、強く思った。

















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