悪夢・始動
「驚かさないでください、弥生。……あれ? どうして弥生がここに……」
「知らねえよ。俺が訊きてェ。深紅だって、何でこんなとこにいるんだよ」
「それは……」
俺と再会する少し前、深紅は怜と共に夢の屋敷と呼ばれる場所に行ったらしい。
その屋敷の裏には常世と繋がっている場所があると言われ。
死者と逢える屋敷、そして逢った死者にはあの世に誘われてしまう……などといったいわくが付いていたとのこと。
そこへ行ってから、深紅はこの氷室邸の夢を見始めたのだと告げた。
つまり、ここは夢の中……ということか。
……死者と逢える、ね。
「そういえば弥生、ここでは着物姿なんですね」
「ん? お、本当だ」
気付かなかったが、どうりで動き易いわけだな。
現実ではもう着ることができないと思うと、今この着物を着れていることに対する感慨も一入だ。
刀もちゃんと持ってるし……準備は万端だということか。
……面倒だが、気になることもあるしな。
死者と逢えるということに、深紅が変に期待を抱いていなければいいが、もしもの時は誘われねえように引き止める必要がある。
……しばらく、目を離さないようにしねえと。
「……でも弥生はその姿の方が似合っています。らしい、というか」
「見慣れてるってことか」
「そうですね」
俺自身、あの洋装には未だ違和感を覚えるくらいだ、端から見ている深紅にしてもこっちの方が見慣れていてもおかしくはない。
未来に来た時だっていつも洋装でいるわけじゃなく、外を出歩く予定がなければ雛咲家の中では着物で過ごしていたしな。
そんな他愛ない言葉を交わし小さく笑いあってから、俺たちは共に先へと進む。
構造的には現実の氷室邸よりも広くはなく、あの屋敷の一部を部分的に繋ぎ合わせたようになっているようだった。
……だが。
「っここは避けられねえ、か……」
奥に進み、出た先は縄殿。
蘇る、あの光景。
――腕が、足が、首が……。
「! 弥生っ……、あれ……」
引きつった声で深紅が示すその先。
部屋の中央部に設えられた血塗れの台座の上に、いつの間にか現れた、布をかけられた人の姿。
布からはみ出た腕や足はぐったりと力なく放り出され、それがもはや生きてなどいないことを物語る。
まさか霧絵じゃないよな、などと困惑していると、どこからかズルリと何かを引き摺るような嫌な音が響いてきて。
俺たちがそれに気をとられた一瞬の間に台座の上の人影が消え、代わりにとでもいうかのように四肢が異常に伸びた女性の霊が現れた。
「霧絵……じゃないみたいだな」
何となくそれに安堵しつつも、伸びきった腕を振り翳して襲いくる彼女から深紅を庇う。
「深紅っ、射影機をっ!」
「……弥生が斬る気はないんですか」
「女は斬らねえ」
「……相変わらずですね」
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