てあげ



「怜っ!?」
「優雨っっ!」


慌てて呼び戻そうとした俺の声は、彼女が上げた悲痛な叫びにかき消される。

……優雨?

その名前に驚いてすぐに彼女の視線を追いかければ、黒い影たちの中に確かに見覚えのあるその後ろ姿があった。


「優雨、なのか……?」


戸惑いは俺だけではなく、螢や深紅にしても同じようで。

揃ってただ茫然とその姿を見つめ続ける。


「優雨、いかないで! 今度は私も一緒にいくから!」


哀願にも似た怜の声を耳に慌てて我に返ると、俺は急いで彼女を止めるため海に向かおうとした。

だが、それはすぐさま螢によって阻止される。

俺の前に立ちはだかった螢を仰げば、螢は黙したままただゆっくりと首を振った。

……優雨に任せろってことか。


「あなたはどんな時も一緒にいてくれた。あなたにたくさんのものをもらった。あなたが一緒だったから、私は生きてこれたの」


必死に、震える声でそれでも懸命に訴える怜。

優雨は静かに振り向くと、そのままそっと怜の体を抱きしめた。


「ごめんなさい。今度は私も一緒に……」


優雨に抱かれたままその腕の中で呟くように告げる怜に、優雨は優しく首を振る。


「ありがとう。僕はもういかなきゃ」


そう言いながら、優雨はゆっくりと怜の体を離していった。

浮かぶ微笑はどこまでも優しく……少しだけ切なそうにも見える。

優雨は確かに優しい奴だったが、俺といる時はたいていふざけあって冗談を言い合うように過ごしていたから、そんな表情なんて見たことがなかった。

楽しそうに笑う姿や苦笑する姿なら今も鮮明に思い出せるのにな。

……真冬と優雨と、ついでにおまけで螢と……四人で笑い合ったあの時はもう、戻ってはこないんだ。

今の優雨の笑みを目にそう思い知らされた気がして、俺は無意識に強く拳を握る。

優雨が怜から離れた直後、怜に刻まれていた刺青が、緩やかに優雨の元へと吸い込まれていった。

それはまるで、怜の柊はすべて優雨がもっていく、と、そう言っているかのように。


「君が死んでしまったら、僕は本当に死んでしまう。だから……」




――だから、君には……。




「生きて欲しい」




意識が急速に浮上してゆく感覚。

この夢を見始めてから幾度か体感したそれは、今回もまた俺の意志なんかそっちのけに唐突に訪れ。

抗うこともできないそれに意識を強制的に持っていかれそうになったその直前、優雨は確かに俺たちにも微笑んだ。



……本当に、真冬も、優雨も……っ。





泣かないように耐える俺は、茨羅の異変に気付くことができずにいた。













弐拾・了



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