てあげ



今度は全員であの建物の中に入った後、俺はここで視た映像をみんなに伝える。


「……そう。……もう、見なくていいから」


呟きながら、怜がそっと零華の瞼を下ろしてやった。

長い間要の死を見続けていた零華は、これでようやくそれを見ずに済むようになったんだよな……。

見たくない、と。

そう訴えていた、その願い通りに。


「見てください。奥に道が……」


ふと深紅に促され顔を上げれば、彼女の示す通り部屋の奥にひとつの細い道があった。

誰が何を言うわけでもなかったが、まるでそれが必然だとでも言うかのように、みんなの足が自然とそちらへと向けられてゆく。

この奥に何があるのか、たぶんこの場にいる誰もが感覚的に理解しているんだろう。

だからこそきっと、行かなければならない。

下り道となっているその細道を全員が順に降りていく。

その道の先には……。


「……海?」


螢が言っていた、海のような場所。

それが今俺たちの目の前に、ただ深く暗く、静かに広がっていた。

ここがきっと、そう、なんだな。

暗い暗い水の奥は、より深い闇に包まれただ黒く塗り潰されているだけで。

その先にいったい何があるというのかまったく視認することができない。


「あ、ねえ、あれ……」


ただそこを眺めているだけの俺たちの中で、ふと何かに気付いた様子の怜がみんなに呼びかける。

そんな彼女が指し示したその先には……。











「ゆきなさよ、はたて。ゆきなさよ、はたて」


鎮め唄の第三節。

それを怜と深紅、茨羅が静かに口ずさんでゆく。

それに合わせるようにして、螢が木船を沖の方へと向けて押し出した。

その木船こそが、少し前に怜が見つけみんなにその存在を示したもの。

それを目にしたみんなの考えはまったく同じものだった。



……彼の岸に、零華を送る。



それがきっと、刺青の巫女なんて関係なく、零華のための「てあげ」になるだろうと、そう思ったから。

ただもちろん、彼女ひとりを送ったのでは意味がない。

俺と螢は一度あの場所に戻ると、零華と……要を連れて、戻ってきた。

そして二人を一緒に船に乗せ、しっかりとその手を繋がせる。

後は今の通り。

二人を彼の岸に送り、その手向けとして鎮め唄を贈っていた。

緩やかに、緩やかに。

零華と要を乗せた船は、まるで意志でも持っているかのように静かに、確実に、闇の深まる奥へ奥へと二人を運んでゆく。

これが本当に正しいのかなんてわからない。

けれど、繋がれた二人のその手を引き離すものはもう何もないだろう。

そんなことを思いながら二人を乗せた木船を見送っていると……。


「! あれ……!」


二人を乗せた船を追うかのように、黒い影のようなものたちが、大勢海を渡り出した。

どこから現れたのかさえ判然とせず、ただ唐突にやってきて海のようなその上を次から次へと歩いてゆく。

あの影たちは、氷室邸でのあの光と同じ、この屋敷に囚われてしまっていたものたちだろうか。

何となく、感覚的にそう感じていると……。


「っ!」


突然、怜が海の中へと駆け込んだ。







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