てあげ



直後、重苦しい重圧を伴いそこからゆっくりと姿を現してくる、零華。


「……くっ!」


先手必勝、というわけではないが、すぐに刀を抜き身構えたところで、俺は零華の狙いに気が付いた。

彼女が向く方向には……。


「深紅っ!」


鳥のような形をしたものを背負い、その力を借りて宙に舞い上がった零華は空中から一気に間合いを詰めてくる。

その狙いが深紅にあることに気付いた俺は、すぐさま深紅の元へと駆け出し彼女の体を素早く抱えて駆けてきた勢いそのままに零華の射程から飛び出した。


「弥生……っ! 逃しませんっ!」


俺に抱えられ体勢を崩しながらも、深紅はしっかりと射影機で零華を捉える。

さすが深紅、こういう状況に慣れているというか何というか……。



……強いな、いろいろな意味で。



霊力の強い深紅からの至近距離での一撃をまともに受け、さすがに零華も怯み後ずさった。

数歩よろめいた彼女のそのすぐ先には……。


「茨羅!」


偶然にも近くにまで迫ってしまった茨羅を零華が見逃すはずもなく。

青白く細いその手が茨羅を捉えようと彼女に向けて伸ばされた。

背筋が、体中が、凍り付く。



やめろ、やめてくれ……っ、茨羅は、茨羅だけは……っ!



目の前が真っ白に染まり息が詰まる感覚。

絶望なんて言葉じゃ表しきれないほどの感情が冷たくなった体の中をぐちゃぐちゃと駆け巡る。

そんな俺の視線の先で、茨羅の身を抱き寄せとっさに伏せ零華の手から茨羅を守ってくれたのは樹月だった。



……それ、俺の役っ!



心から強く安堵したのも束の間。

すぐに俺の中を支配し満たした感情は悔しさ、だった。

ありがたいのは確かだが……くっ、樹月めっ!


「茨羅」
「うん。零華さん、ごめんなさいっ!」


なんだその以心伝心みたいなやりとりはっ!? てか近すぎるだろ樹月! 今すぐ離れろ!

そんな俺の念を察したのか、体勢は整えたものの念のためまだ近くにいた深紅から深い溜息がもれる。

あのな、今別の意味で俺の大事な大事な妹の身が危険に晒されてるんだ。

心配するのは当然だろうが。

そんな俺の念は茨羅には届かなかったらしく、彼女は樹月に抱きかかえられたままその呼びかけに頷いて、射影機で零華の姿を写し撮る。

高い悲鳴を上げて後退る零華を警戒しつつ見ながら、二人は急いで彼女から距離をとっていた。

だから近いんだよ、樹月っ!

本当なら今すぐにでも間に割り込んでやりたいところだが、いくらなんでも今はさすがに我慢する。

下手に動いて茨羅に何かありでもしたら、それこそ救えないからな。

まあ、深紅と茨羅、霊力の強い二人からの攻撃を受けたんだ、そろそろ零華の体力も僅かになっている頃だろう。

そう思った直後、突然周囲の空気が重くなる。

おいおい、まさかまだこんな余力が残ってるっていうのかよ……っ。


「零華から離れろ! 早く!」


この空気……障気か。

こんな中じゃあ、どう足掻いてもこちらの分が悪い。

もしもこの状況で零華に捕まりでもしたら、おそらく誰も耐えられないだろう。

この障気と零華の放つ負の重圧に当てられて、そこに待つのは間違いなく……。



――死。



俺は深紅を支えながら、すぐに茨羅と怜、零華の様子を探る。

茨羅は傍らに立つ樹月に支えられどうにか歩みを進めているようだが、怜と零華は……。


「怜っ! 螢っ!」


怜も螢に支えられ、何とか足を動かしているものの、この空気の重さの中では思うように動けないようで。

そんな二人へと、零華の手が伸ばされ迫る。

確実に、確実に。

迫るその手が指先が、あと少しで二人を捉えてしまうという距離にまで達した。

助けようにも、ここでは俺も体中が重くてうまく動くことができず。

焦りばかりが募る中、零華の指先がついに怜へと触れようとしたその瞬間、怜の周囲が唐突に白く弾けた。

同時に辺りの空気がまるで霧が晴れるかのように元に戻ってゆく。

怜の周囲で弾けた光に零華が思わず怯んだその隙を、怜が見逃すはずはなかった。


「……ごめんなさいっ!」


叫ぶように告げると同時、怜の手の内にある射影機が眩い光を放ち零華を捉える。


「ぁあぁあぁああっっ!」


悲痛な叫びを辺りに響かせて。

零華は……。



静かに、ゆっくりと……消えていった。




「……終わった、の?」


零華が消え、静寂を取り戻した場の中で僅かに気が抜けた様子で怜が呟く。

息苦しいまでの重圧は既になく、先ほどまでの緊迫した空気も綺麗に失せた今、気持ち的にはそれを肯定したいと思うが……。


「まだ、だな」


呟くように答えながら、俺はゆっくりと、奥にあるあの建物へと視線を馳せた。
















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