二年
深紅はあの氷室邸での一件以来、この家の主である黒澤怜という女性に世話になっていたらしい。
なんでも彼女はかめらまんとかいうヤツで、深紅はその助手を勤めているんだとか。
とりあえず深紅の話を聞き、怜との挨拶が済んだところで、俺の方の事情を二人に話す。
深紅はともかく、怜は話がよくわからない上に理解し難い様子だったが、それでも口を挟むことなく聞いてくれていた。
……さすがに、村人を大勢殺してきたことだけは話さなかったが。
それはまあ、機会があって話さざるを得なくなったら話すことにしておく。
「怜さん、あの……」
一通り話が済んだところで、深紅が僅かに言いにくそうに口を開いた。
そんな彼女に、怜はまるですべてを見通しているかのように、わかっているとでもいうかのようにゆっくりと頷くと、小さな微笑を浮かべてみせる。
「いいわよ、深紅。……優雨の部屋はまだ片付けていないから使えないけれど……」
「ありがとうございます!」
どうやら俺の居場所を提供してくれるという話だったらしい。
それに気付き、俺も礼を言おうとして、先程怜が口にした名を思い返しふと首を傾げる。
「……ゆう?」
いくらなんでも同じ名前なだけだよな、と。
そう考えていた俺は、二人から衝撃的な話を聞くことになった。
「……まさか、お前まで……」
通された仏間。
そこに飾られた遺影に写る人物は、間違いなく麻生優雨そのひと。
真冬の友人であり、俺にとってもまた、友人だった人物だ。
そんな彼の仏壇の前で、俺は彼が死んだという唐突すぎるその事実を処理しきれずに、ただ茫然と立ち尽くしていた。
遺影を見つめる以外何もできずにいた俺に気を遣ってくれたのか、少しすると深紅たちは静かに席を外してくれ。
俺は遺影の中で微笑む優雨を、ただぼんやりと見つめ続けていた。
深紅にとっては二年前のことらしいが、俺にとってはまだ新しい真冬の記憶。
そして、救えなかった樹月たちと、八重たち。
その上、優雨までこんな……。
「……参ったな」
哀しいというよりも、守れなかったことへの悔しさや喪った事実への喪失感で。
涙は、出なかった。
「俺は、生きてるってのに」
こんな異能を持っていたって、結局何もできやしない。
込み上がる苛立ちの矛先は自分に向けるしかなく、俺は溜息を吐いて首を振る。
「しっかりしねえとな。俺にはまだ、茨羅がいる」
そう、何よりも大事な大切な妹である、茨羅が。
深紅のところに飛ばしたつもりだったんだが、深紅が引っ越していたせいか、あいにくまだ出会えていないと深紅は言っていた。
まあ、俺がここに飛べたことの方が不思議なんだから、それは誰に責任があるわけでもねえんだが……。
この刀の能力が狂ってしまっている今、茨羅がどこに飛ばされてしまったのかがわからない。
だからこそ、捜さないと。
……あてが、まったくないわけでもないからな……。
とりあえずこの家に置いてもらえている間はここを拠点にして、調べるのは……。
――……皆神村、だな。
茨羅のことだから、きっと関わろうとしてしまうに違いない。
俺はそれを確信し、その目的を深紅に告げるべく、決意を改め居間を目指した。
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