想いの破片
――……もう一度……逢えないとわかったから。……えないと決めたか……。だから……でも。
途切れ途切れに届いてきたその言葉とともに、再び現れた零華さんの姿。
彼女がいたのは、天井から吊られた牢の中だった。
……どうしてこんなところに牢が……。
「あ、ありましたよ」
私が不思議に思っている間に、深紅さんが牢の中に入り鏡の破片を拾ってきてくれる。
その様子を確認してから、樹月が私の顔を覗き込んだ。
「茨羅、他にも何か聞こえるかい?」
「あ、う、うん。ええっと、こっち」
辺りを見渡しどちらから声が聞こえてきているか確認して再び歩き出す。
今度も私にとっては初めて訪れる場所。
御簾のあるその間に、零華さんはいた。
――私の想いはここで壊します。……私の……かけら……私の……。
零華さんの……想い……。
そうか、この鏡の破片は全部……零華さんの、想いの欠片なんだ。
「あったぞ。ほら」
今度は螢さんが鏡の破片を拾ってくれて。
これで、手元に集まった破片は三枚になった。
「……まだ足りねえな。まあ、どうやらこれは零華が持っていると考えて間違いなさそうだし。茨羅、他は?」
兄に問われて、私はまた辺りを見渡す。
今度は少し遠そうだけど……。
「こっち」
声に誘われるまま歩みを進めてゆき、次に着いた場所は木像のある部屋。
私には木像よりも、たくさんあるこの布を巻き付けた物体の方が気になるんだけど……。
じっと見ていたら寒気がしてきたので、慌てて視線を外した。
――……ずっと……の夢を見ていた……。繰り返し、繰り返し……。でも、もう……夢は見られない。
……零華さん……。
夢に想いを乗せその夢を支えとしていたのに、それなのにその夢すらも奪われてしまい……彼女の悲しみはどれほどだったのだろう……。
「……あったよ。破片」
樹月が拾ってくれたそれを合わせて、鏡の破片はこれで四枚。
そのすべてが零華さんのこころを強く訴えてきているようで……。
「コエ、次はこっちから聞こえる……」
ふらりと、私は歩き出す。
たぶんもう少し。
もう少しで、零華さんの想いが集まるから……。
そう感じながら歩いてゆき、開いた扉の先にあったのは映写室。
その部屋の壁際に掛けられた大きな白い布に映し出されている、白黒の映像。
その前に、零華さんは立っていた。
――私の中……くさんの人……入ってくる。いろんな声……痛み。私を……忘れないで……。
零華さんは、ずっとひとりで多くのひとの痛みを背負って生きていたんだ……。
彼女の本当の願いは、要さんとずっと一緒にいることだったのに。
ただ、それだけだったのに……。
「あったわ。……どうやら、これが最後の一枚のようね」
「怜さん……」
鏡の破片は怜さんの言葉通り、今手に入れたものを合わせて一枚の鏡の姿へと戻っていった。
それを確認して、怜さんは私に優しく問う。
「茨羅ちゃん、声はまだ聞こえる?」
「……いいえ」
一度目を閉じ、コエを探すけれど見つからなくて。
私は静かに首を振った。
きっと、零華さんがこの屋敷の中に残した想いは、今のもので全部。
後はきっと……。
彼女自身が、抱え続けている。
破戒を引き起こしてしまう程の想いを全部、彼女はひとりで抱え込んでしまっているのだろう。
それはきっと、すべて……。
要さんへの、想い。
――本当は、ただもう一度逢いたかった。
ふと、そう聞こえたような気がして。
私はもう一度零華さんのいた場所を見つめる。
けれどそこにはもう何もなく、白い布がただ音のない映像を映し続けているだけで。
私は僅かに目を伏せると、先に進むみんなの後を追いかけた。
拾九・了
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