「それって……あの時の?」
「うん」


茨羅の言葉に、樹月が静かに問い返す。

それに茨羅は小さく頷いて応えるが……。

あの時って何だ、あの時って。

俺の知らない茨羅との話を、俺の前でするんじゃねえよ、樹月。


「弥生、黙って聞いてくださいね」
「……まだ何も言ってねえよ」


……くっ、深紅めっ、先手を打ちやがった。


「聞かせてもらえますか、茨羅ちゃん」
「あ、は、はいっ」


……あくまで俺の言葉を封じる気だな、深紅。

確かに今は時間もねえし、その辺りの事情は俺もちゃんと理解している。

そう、理解はしている、が、やっぱり不快なんだよ、樹月めっ!

やり場のない怒りは仕方ないので螢の足を踏んづけて発散しておくことにした。

螢が小さく悲鳴を上げた途端茨羅が驚いたように目を見開いたが、気にするなとその視界から螢の姿を消してやる。

ついでに深紅からの呆れたような視線は俺の視界から消しておいた。


「え、えっと……感じた想いは強い哀しみと苦しみ、それから憎悪と……それに勝る絶望感と喪失感でした」
「! 茨羅、お前、そんなものに当てられて大丈夫だったのか!?」


まだ螢のことを気にしている様子を見せながらも紡がれた茨羅の言葉に、俺は慌ててその細い肩を掴み向き合う。

茨羅は他人……というよりも、死者の想いに人一倍当てられやすい。

小さい頃は自分のものか霊のものかわからない感情に、度々自分を見失いかけていたくらいだ。

大きくなってからは、徐々にそんなこともなくなってきていたのだが……。


「大丈夫だよ、兄さん。樹月がずっと一緒にいてくれたから」


……くっ、何だこの敗北感。

いつも一緒にいたのは俺だったのに……っ。

まっすぐに俺を見上げてくる茨羅の笑顔が可愛いけど、ちょっと憎いだなんて。

……兄さんは心底複雑だぞ、茨羅。


「弥生、愚痴なら後で聞いてあげますから。茨羅ちゃん、他には何かありましたか?」


深紅、それは慰めているのか?

流してるだろ、絶対。

深紅に促され、俺が肩を離したことで改めてみんなの方へと向き直った茨羅は、すぐさま自身の記憶を手繰りはじめる。


「あ、えっと。杭の打たれた手と、その先に倒れ込んだ男性の姿。声になってはいなかったけれど、悲痛なまでの女性の叫び。それから……」


その時に自分の中に流れ込んできた想いを思い出したのか、茨羅は哀しそうに俯き、ゆっくりと続けた。




「お願いだから、死なないで。もう、見たくない。……誰も助からない、決して」
「それって……」




困惑気味に呟く怜へと静かに頷いてから、茨羅は再び顔を上げる。

その顔は先程までの悲しみを押し隠し、ただまっすぐに真剣なものへと変じていた。


「たぶん、その刺青の巫女さんの想いだったのだと思います。視えた映像もきっと、彼女のもの……。彼女、目の前に倒れてくる男性を見て呼んでいました。……要さん、と」
「要!?」


茨羅の言葉の中に含まれていたその名に、俺と深紅は思わず目を見開いて顔を見合わせる。


「弥生、要さんって確か、あの子のお兄さん……ですよね?」
「ああ。なるほど、そういうことか……」


そう確認しあったことでいろいろと話が見えてきた。

要はあの巫女姿の少女の兄で、刺青の巫女……いや、久世零華というのだと怜が言っていたな。

とにかくその零華の想い人、なんだろう。

二人は想いあっていたからこそ、要は零華を助けに行き、そして……。



零華の目の前で、殺された。







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