路、再び
「あのね、兄さん。私ね……樹月に会えたの」
変わらず兄の瞳を覗き込んで、まっすぐに笑顔を浮かべてそう告げると、兄の表情が目に見えて強張ってゆく。
え、あれ、どうしたんだろう……。
私がそれを不思議に思っていると、突然兄から引き剥がすかのように体を後ろに引っ張られ、直後に背後からきつく抱きしめられた。
え、え、こ、今度は何?
「久しぶりだね。兄さん?」
……い、樹月?
え、に、兄さんって……?
私を兄から引き剥がしたのはどうやら樹月だったみたい。
耳元で聞こえた樹月の言葉に戸惑う私と、明らかに苦々しそうに表情を歪めだす兄。
「樹月……、お前っ」
「約束、したよね? 兄さん」
「くっ……」
……約束?
何の話だろう。
二人の話がわからず首を傾げる私を挟んで、二人はそのまま続ける。
「あれは……っ! そう、一回だけっていう話だっ! もう二度とそう呼ぶんじゃねえ!」
「往生際が悪いよ、兄さん。約束、破るの? 兄さん」
「兄と呼ぶなっ!」
……何だろう。
せっかく再会できたのに、これじゃあ以前と……。
困り果てながらもふと顔を上げれば、優しく微笑む樹月と目が合った。
その瞳を見て、気付く。
樹月は兄が謝らなくて済むよう、背負わなくて済むよう、わざとああ言ったんだって。
すぐに兄へと視線を向け直せば、兄は苦笑を浮かべていて。
……気付いて、いたんだ。
樹月の、想いに。
そんな二人の姿を目に、私の中で暖かなものがじんわりと広がってゆく。
やっぱり家族なんだなって思うと、嬉しくて嬉しくて、自然と小さな微笑がもれた。
そこへ。
「えーっと、そろそろあの屋敷の話がしたいんだけど」
申し訳なさそうに螢さんが提案したことで、私は慌てて我に返る。
「そ、そうですねっ!」
今は一刻を争う時なんだ。
再会を喜ぶのも後にしないと……!
そう思いを改めてすぐに樹月から離れれば、樹月は少しだけ残念そうな苦笑を浮かべて。
兄は何故か……刀を抜いた。
え、あれ、に、兄さん?
「まあ、その前に……。螢、斬るッ!」
「ちょっ、弥生っ! それ八つ当たりじゃあ……っ」
「うるせェ。覚悟を決めろ」
「決められるかっ!」
…………。
逃げ回る螢さんと、刀を振り翳して追い回す兄。
そんなことをしている場合じゃないとはわかっているけど、何となくその姿に兄らしさを感じて、私は小さく苦笑をもらした。
「弥生。ここで流血沙汰はやめてください。掃除するのは私なんですから」
え、あれ、そういう問題……なのかな?
涼やかに告げる見知らぬ女性を、私は驚きながら見つめ瞬く。
その視線に気付いたのか、女性はにっこりと微笑みかけてくれた。
「私、雛咲深紅といいます。よろしくお願いしますね、茨羅ちゃん」
あ、このひとが深紅さんなんだ。
さっきの言葉にはちょっとびっくりしちゃったけど、今の笑顔を見る限りとても優しそうなひとに思える。
仲良くなれたら、いいな。
「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いします」
勢い良く頭を下げる私に、深紅さんは優しく笑いかけてくれて……。
同時に、螢さんの悲鳴が辺りに響き渡った……。
拾七・了
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