真冬と要
まあ、あれだ。
結果から言えば、あの鏡がやはり蛇目だったらしく、奥に進むことができたわけだが。
社の奥まで行くと、突然祓いの灯火の効力が消えてしまい、空気が重苦しく息苦しいものへと変わった。
霊力が高いせいかその影響を直に受けてしまっているらしい深紅が、ただでさえ悪かった顔色をますます悪くする。
そんな彼女を支えながら、俺たちは階段を下へ下へと下りて行った。
「!」
一番下まで下りきったところで俺たちは揃って思わず息を飲むことになる。
見開いた両目が捉えたその光景は……。
兄を呼びながら泣いていたあの巫女姿の少女が、無惨にも杭で地に打ちつけられてしまっている姿だった。
……なんだってこんな……。
まだ、こんなに小さいってのに……。
千歳と同じくらいだろうかと思い、慌ててその思考を振り払う。
可哀想だが、同情に飲まれている間は与えてもらえねえようだ。
その光景に戸惑う俺と深紅の眼前に、そんな時間は与えないとばかりにすぐさま別の巫女姿の少女たちが三人ほど現れる。
各々手に杭を携え、真っ直ぐに俺を睨んでいた。
……俺?
「よくも扉を壊したなっ! この刻が来るのを、ずっと待っていたのだから!」
…………。
………………。
………………扉?
ああ、そう言えばそんなことも……って。
「おいっ! 危ねえだろうがっ!」
躊躇いなく杭を打ちつけてこようとするなっ!
本気で危ねえだろっ!
……て、三人揃って俺ばかり狙ってくんじゃねえっ!
「深紅っ!」
助けてくれ、本気で。
相手はガキだが一応女の子のようだからな。
斬れねえんだよ。
「まだそれ貫きますか……仕方ありませんね」
おいこら深紅、溜息吐くな。
女性に優しくできなくなったら男として終わりだろうが。
「じゃあ弥生、うまく全員引きつけてくださいね。まとめて消しますから」
は?
……いやいや、ひとりずつでいいだろ。
何でわざわざ俺が命の危険を……って。
「おいこらっ! 掠った、掠ったぞ! 今!」
深紅との話の途中だっていうのに、そんなことはお構いなしだとばかりに思い切り突撃してきた髪の長い女の子。
すぐに避けたものの、彼女が振り翳してきた杭の先が僅かに掠り、俺の着物の裾を少しだけ破いた。
くそっ、これもうここでしか着れねえのにっ!
そんな思いで吐き出した俺の抗議を受け、三人娘は揃って嫌味な笑みを浮かべてみせやがった。
……心底腹立つな、この野郎。
それで味をしめたつもりなのか、三人娘は一斉に俺へと襲いかかってくる。
その瞬間。
「消えて下さいっ!」
深紅の渾身の一撃が眩く輝き辺りを一瞬白に染め上げた。
……おいおい、本当にまとめて倒しやがったぞ、あいつ……。
「じゃあ行きましょうか」
涼しい顔して……怖いな、深紅。
「何か言いました?」
「いや、何も」
だからその笑顔やめてくれ。
本気で怖いんだって。
もちろんそれを口に出すことはせず、俺たちはとりあえず先に進もうと奥に続く扉を開けた。
その、先には……。
「……ま、ふゆ……?」
目の前に続く、細く長い橋の上。
そこを、ひとりの青年が歩いていた。
その後ろ姿は……。
「兄さんっ!」
「深紅、待てっ!」
真冬に、見えた。
だが、そんなはずは……。
そんなはずは、ない。
俺は自分に言い聞かせるようにして一度首を振り強くそう否定すると、改めて再びあの後ろ姿に目を向ける。
――お兄ちゃん。
声が聞こえた。
杭で穿たれていたはずの、あの巫女姿の少女の声が。
再び目にした青年の後ろ姿は最早真冬のものではなくなっていて。
……おそらく、あの少女の兄のものだろうとなんとなく理解できた。
――行かないで要お兄ちゃん。
「行かないで。真冬兄さん」
少女の声に重なるように聞こえてきた深紅の声に、俺は慌てて我に返る。
気付けばいつの間にか深紅はふらりと歩き出してしまっていた。
「深紅っ! 追うなっ!」
引き留めようと慌てて手を伸ばす。
違う、あれは真冬じゃない。
あいつは……、真冬は……。
伸ばした手は深紅に届かず、小さく舌打つとすぐにその背を追いかけた。
――行かないで要お兄ちゃん。そっちは……。
「行かないで真冬兄さん。そっちは駄目」
っ、……ふざけんなよ。
「深紅を、あの時に戻すんじゃねえっ!」
姿の見えないあの巫女姿の少女を怒鳴りつけ、駆ける足をより早めた。
何なんだ。
あの少女に、深紅の傷を抉る資格なんかねえだろっ!!
深紅は……深紅は、生きなきゃいけねえんだ。
真冬の分も、幸せに。
俺だって約束したんだからな、あいつと。
深紅を、頼まれてやるって。
それをこんなとこで好き勝手に邪魔されてたまるかよっ!
「深紅、待てっ!」
ようやく深紅に追い付いた俺が深紅の腕を掴んだのと、もう片方の深紅の手が道の奥にあった扉へと触れたのは……ほぼ同時だった。
拾四・黒・了
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