灯火



――……嫌っっ! 要さん……っ!



杭で打ちつけられた白い手が視界に映り、その先でひとりの男性が崩れ落ちていく。

その光景を目に背筋が凍るように冷たくなっていくというのに、それとは反対に体中から、目の奥から、かあっと熱がこみ上げてきて。

叫ぼうと開けた口からもれたのは、声にならない悲痛と苦しみにまみれた小さな呼気だけ。



――モウ、ミタクナイ。



見たくない……見たくないっ!

こんな、こんなことのために私は……っ。



……私、は?



――ダレモタスカラナイ、ケッシテ。




「っあぁあっ!」




嫌、嫌だっ。



死なないで――違うっ、私じゃ……っ!



見たくない――嫌、入ってこないで……っ!



誰も、助からない――そんなこと、そんなこと、ない……っ!!



お願いだから……違う、私の心じゃ……っ、嫌だ、嫌……っ、やめて……ッ、シナナイデ。



――……モウ、ミタクナイ。





誰の、想い?






「茨羅っ!」
「……ぅ、あ……」




樹月……?

……あれ、私……。


「いつ、き……」
「茨羅っ、苦しかったり、どこか痛かったりしないかい?」
「う、ん……。だい、じょぶ……」


気付けばいつの間にか私は床に倒れてしまっていたみたいで、樹月が心配そうに私を覗き込んでいた。

そんな彼にゆっくりと返しながら気付く。

さっきまでの息苦しさが、今はもうなくなっていることに。

普通に呼吸ができることに少し驚きながらも安堵したところで、重かった空気も元に戻っていることに気が付いた。


「良かった……」


私の答えを聞き安堵の息を吐きながら、樹月が私を抱きしめる。

ここは夢の中だけれど、確かに感じる温もりに、何だかひどく安心した。

私は、ここにいる。

そう感じさせてくれるその温もりから離れたくなくて、離したくなくて、私はしっかりと樹月の背に腕を回した。


「……突然倒れた時は驚いたよ。やっぱり、茨羅の霊力だと影響を受けやすいのかな」
「そう、かもしれない……」


いくら少しは自分で対処できるようになったとはいえ、あそこまで濃い障気にはさすがに耐えきれなかったみたい。

唐突だとかそういうことを抜きにしても、あの重圧は私には厳しすぎる。



それにしても……あの哀しくて辛くて苦しい、深くて切ない想いはいったい……。




「あ、樹月。その、障気なんだけど……」
「うん。それならここで見つけた祓いの灯火のお蔭で祓えたみたいだ。……一時的なものらしいけど」
「そうなんだ……」


……て、今気が付いたけど、ここどこだろう……。

知らない内にいつの間にか移動してたんだ……。

倒れてから気を失っていた時間が、私が思っているよりも長かったのかもしれない。

そう考えてふと疑問がわく。

私は樹月から僅かに身を離すと首を傾げて彼を見上げた。


「……もしかして、樹月が私を運んでくれたの?」
「うん」


や、やっぱり……っ!


「ご、ごめんねっ、重かったよねっ!」
「重くなんてないよ。……それに、必死だったから気にしなくて済んだし……」


気に、しなくて……?

……それって、まさか。


「もしかして……見た、の?」


あの村を……。

震える声で問えば、樹月は哀しそうに小さな微笑を刻んだ。

心なしか、私を抱く腕に少しだけ力が増したような気がする。


「大丈夫、心配しないで、茨羅。今はもう、睦月も千歳も僕もちゃんとここにいるから」


……そう、だけど……。

私はそっと樹月の手をとると、その手を包むようにしてしっかりと握りしめた。

かけられる気の利いた言葉も見つけられないけど、でもだからこそせめて傍にはいたいから。



……今度こそ、傍に。



そう強く思っていると。


「あ、茨羅ちゃん、起きたんだ」
「! 螢さん!」


近くにあった階段から、数冊の本と青く輝く火の灯された蝋燭を持って螢さんが上ってきた。

姿が見えないと思ったら、下にいたんだ……。


「参考になりそうな資料も見つけたし、体が大丈夫そうならそろそろ進もうか?」


そう言いながら螢さんが軽く視線を馳せたその先には、蝋燭の灯火があり。

たぶん、あれが祓いの灯火なのだろうとは思うけど、長さが少し短い気がした。

あの灯火が消えてしまったら、また障気が溢れてしまうんだよね、きっと。

それなら早く進まないと。


「私は大丈夫です。行きましょう」


心配そうに見つめてくる樹月を安心させるために微笑んでから、私たちは先へと進んだ。















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