守るために
眠り続ける彼女の手をしっかりと握り、彼女の眠るベッドの縁に上半身を預けるようにして目を閉じる。
……彼女の兄がこの時代にいて、しかも彼女と同じ夢に囚われているのだと、天倉螢さんから聞いた。
昔から彼女の傍にいて、彼女を守り続けていたのは彼女の兄で。
だけど。
今は……いや、これからは、その役目は僕が担いたい。
彼女を守るのは、僕でありたいんだ。
そう強く願いながら、沈んでいく意識を受け入れる。
その先で視えたのは……。
真白な雪が降る、古い大きな屋敷だった。
拾弐・紅 「守るために」
「……怜、さん……」
私は茫然と目の前の扉を見つめ続ける。
先程まで一緒にいたはずの怜さんの姿が今はなく、おそらく、閉めきられたこの扉の奥へと行ってしまったのだろうと思われた。
――この扉は、開けてはいけない。
頭の中で強い警鐘が鳴り響く。
破戒が、と、あの男の人は言っていた。
……破戒って、何だろう……。
わからないけど、でもこの扉は……。
「ううん。そんなこと言っている場合じゃない」
中が危険なら、中に入ってしまっただろう怜さんの身も危険なはず。
放ってはおけない。
私は一度深呼吸をして意を決すると、目の前の扉に手をかけた。
直後。
「茨羅っ!」
「っきゃあっっ!?」
び、びっくりした。
お願いだから、この状況で突然呼ばないで……。
……って、あれ? 怜さんがいなくなってしまった今、私の名前を呼ぶひとなんて……。
私は目に涙を浮かべながらも早鐘を打つ心音をそのままに、呼ばれた方向へと振り向いてみる。
直後、その先で目にした人物に驚き、思わず目を見開いた。
「え……? いつ、き……?」
どうして……?
どうして、樹月がここに……?
困惑し驚き戸惑う私に、樹月はいつものように優しい微笑を向けてくれる。
「無事でよかった……」
……無事で、って……。
樹月、もしかしてこの夢のこと知ってるの?
でも、そうだとしたら……。
「どうして、樹月まで……っ。私が巻き込んじゃったの……?」
間に合わなかったのか、それともやっぱりどこにいようと関係なかったのか……。
どっちにしても私のせいだ、私が、樹月を巻き込んでしまった。
悔やむ私に、樹月は静かに首を降る。
「違うよ、茨羅のせいじゃない。僕が無理を言って螢さんに事情を聞いたんだ」
「……螢さんに……」
「睦月たちは巻き込んでないから大丈夫、心配ないよ」
違う。
違うよ、樹月。
確かに睦月たちのことも心配だけど……、でも。
「私は……樹月も巻き込みたくなかった」
ようやく、平穏を手に入れたのに。
みんなで笑って暮らせるようになったのに。
それなのに……。
「茨羅がいないと、駄目なんだ」
――……え?
「茨羅がいないと、僕も笑えない」
「あ……」
それって……。
「だから茨羅、君が澪さんを助けようとするのは止めないから……。僕に君を守らせて欲しい。君を守りたいんだ」
「樹月……」
あなたがいないと、私は笑えない。
でもそれは……。
――樹月も、同じだったんだ……。
「うん、ありがとう」
そうだよね。
一緒に生きるって、望んだんだから。
「澪さんを助けて、そうしたら一緒に帰ろう。茨羅」
「うん」
絶対に、一緒に帰ろう。
私は樹月と顔を見合わせて、強く頷き合った。
拾弐・了
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