重なるイト


……電話が鳴ってるな。

その音を耳に俺はあの女性の声のことを思い出し、僅かに眉根を寄せた。



また彼女だったら、今度は何て言ってやるべきか。



ぼんやりとそんなことを考えていると、その電話をまたも怜が取った。


「……天倉……螢さん……」


呟き出されたその名に、俺は驚いて怜の方へと視線を向ける。

電話の相手は、真冬の友人……螢だった。













九・黒 「重なるイト」













まあ、考えてみれば螢から電話がかかってくることくらい不思議でもないか。

ここは怜の家だが、優雨の家でもあるしな。

会話の様子から、やはり螢は優雨に用があったらしく。



……優雨のこと、驚いているだろうな、たぶん。



わざわざ優雨に用があって電話をかけてきたってことは、螢もまだ知らなかったってことだろうからな。

怜は優雨のことを話終えた後、螢に眠りの家の調査を続けるよう頼んでいた。

……続けるって言い回しが出るってことは。



――螢と怜まで、あの屋敷の夢に捕らわれているということか。



身近でこうも固まって巻き込まれているというのは、かなり複雑だな……。

なんか悪意に故意に狙われている気がしてならない。

まああくまで俺が疫病神的なものだという説は否定するが。

俺は溜息を吐くと怜の傍まで行き、電話を代わってくれるよう頼んだ。

怜は少し戸惑う素振りを見せたものの、すぐに受話器を譲ってくれる。

それを耳に当て、俺は知らず口角を上げていた。


「よお、螢。久しぶりになるみたいだが、わかるか?」
「……え……。その声……弥生?」


……何だ、久しぶりに声が聞けて嬉しいのか?

声が震えてるぞ。


「な、何で弥生が……」
「俺が優雨の家に居ちゃ悪いのか」
「そ、そういうわけじゃないんだが……」


ならどういうわけだ。

……と、無駄な会話は今日はしない。

今は螢で遊んでやる暇はないからな。


「おい、螢。あの屋敷の情報、俺にも寄越せ。……深紅も巻き込まれてる」


俺もだが、まあ俺のことはいいか。


「みく……? あ、もしかして真冬の?」
「ああ、妹の深紅だ」
「そうか……」


呟いた後、螢はしばらく沈黙し、やがて恐る恐るといった口調で言葉を紡ぎはじめる。


「その……弥生、あの……」
「何だ」


言いたいことがあるならはっきり言え、はっきり。


「えー……っと、悪い、次にする!」
「は?」


何だ、自己完結か。

生意気な真似してると斬るぞ、螢。


「屋敷のことなら了解した。じゃ、また連絡するな」
「おい、螢っ」


…………。

……切りやがった。

何だっていうんだ、いったい。


「弥生君……」
「悪いな、怜。螢のヤツ、切りやがった」


受話器を戻してそう告げれば、怜は静かに首を振る。

その顔色は悪く、疲労を色濃く宿していた。


「怜……休んだ方が良いんじゃないか? その眠りの家については俺も調べてみるから」
「弥生君……あなたも?」


あの屋敷の夢に囚われたのか、と続くのだろう。

その言葉に俺は軽く頷いて答えた。


「ああ、まあな」
「……そう」


怜から漏れる、小さな溜息。

時折眠そうに目を伏せるその仕草からも、やはり怜もあの夢をみていると考えて間違いなさそうだ。

……本当に、俺の周りは面倒事ばかり起きやがる。

…………。

いや、だから俺は疫病神じゃねえ。

俺、巻き込まれてる側なんだからな。

……まあとにかく。


「心配するな。何とかなるだろ」


根拠は何もないが、とりあえず俺はそう言って怜の頭を緩く撫でた。

……って、大人の女性にこれは失礼か。


「悪い」


すぐに手を引けば、怜は俺を見上げて小さく微笑む。


「ありがとう、弥生君。少し元気出たわ」
「……なら良かった」


優雨のことで一番辛いのは誰よりも怜だろうからな。

少しでも力になれたらと、そう思った。













九・黒・了


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