牽制



「……いくら呼んでも、目が覚めないんだ……」
「……そ、んな……」


彼女が去ってから、まだ一日しか経っていないというのに。

螢の言葉通り、通された部屋のベッドの上で、茨羅は目を固く閉じ続けていた。


「っ茨羅っ!」


呼びかけても何も反応を示さない彼女。

握った手の温もりと、近付けば聞こえてくる静かな寝息とだけが、辛うじて彼女の命を感じさせてくれる。


「……ごめん。俺が巻き込んでしまったから、こんなことに……」


正確には、螢ではなく澪に影響されてしまったわけだが。

わかっていても、頭を下げる螢の姿に何も思わないほどお人好しすぎはしないけれど。


「顔を上げてください。茨羅はきっと、誰も責めたりしません」


彼女はそういうひとだから。

樹月はただ静かに眠り続ける彼女の寝顔へと視線を馳せ、僅かにその目を伏せた。




「茨羅は生きています。今度は僕が救う番なんだ……」




絶対に助けるから。

今度はこの手で、君を。

絶対に、助けてみせる。



――一緒に、生きるために。



その想いを込めて、茨羅の手を握る手に僅かに力を込める。

握り返してくれない彼女の小さなその手に寂しさを覚えたけど、決意の前になんとか押し留めた。

そして螢へと振り向く。




「お願いがあります。僕を茨羅の傍においてください」




家に戻れば睦月や千歳たちもいる。

二人まで巻き込むわけにはいかないから。


「わかった」


樹月の言葉を予測していたのか、螢はその言葉を聞くなり意外とあっさり了承してくれた。

そんな彼の返事に安堵しつつ、ふと思い出したように樹月が告げる。


「あ、それから……。茨羅には、ごめんよりも、ありがとうと言ってあげてください。彼女ならその方が喜びます」


謝られるようなことはしていないと、彼女ならきっとそう言う。

そう考えての樹月の言葉に、螢は僅かに苦笑をもらした。


「凄いね。茨羅ちゃんのことなら良くわかっているって感じだ」
「はい。ずっと彼女だけを見ていましたから」


にっこりと。

躊躇いも恥じらいもなくまっすぐに笑顔を浮かべる樹月の姿に、螢は何故か茨羅の兄の姿が重なって見えたような気がして。

思わず表情を強ばらせる。


「そ、そうか。うん、わかった」


駄目だ、彼には絶対に逆らえない。

本能が告げる警鐘に抗うことなく、螢はただ素直に強く頷いたのだった。












八・了



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