終わらせてはくれない



「茨羅ちゃん、急いで! 彼女は危険だ」
「あ、は、はい……っ!」


螢さんに腕を引かれるまますぐに一緒に駆け出して、近くにあった階段を躓かないよう注意しながら急いで駆け上る。

一瞬だけちらりと階下に視線を向ければ、闇の中にぼうっと浮かび上がる女性の霊の姿が視えて。


「……あの刺青……」


女性の身体中に痛々しく刻まれた青い刺青。

それは確かに、澪ちゃんと私に浮かび上がったものと同じで……。


「茨羅ちゃん、こっちだ」


なんだかとても気になったけど、私は螢さんに言われるまま、二階の部屋へと踏み入った。

……そこは……。


「っ!?」




双子の、間……。



思わず、足が竦む。

この部屋があったこと自体にも驚いたけれど、更に私を凍りつかせたのは……。



そこに、双子の霊が座っていたこと。




「……嫌、だ……」



その双子の一人が、真白な髪をしていて……。



それは……。




「樹月……っ」




わかっている。

わかっては、いるの。

そこにいるのは女の子だし、樹月ではない。

樹月は、今生きてくれているのだし、もうあの儀式が行われることも、きっとない。



だけど……。



だけど、どうしても被ってしまう。



……ここはやっぱり皆神村なんだって、思ってしまう。




「……茨羅ちゃん?」


不思議そうな螢さんの声音に、私は我に返る。

気付けばもうそこにはあの霊はいなくて、代わりに螢さんの手に陰と陽の鍵があった。


「……ごめんなさい、大丈夫です。戻りましょう」


樹月……。

会いたい、会いたいよ、樹月。

……でも、今はまだ会うわけにはいかないから。



大丈夫、大丈夫……。



ここは、私の育った皆神村ではないはずだから。



言い聞かせるように内心で強くそう思い、一度深呼吸をして、私は螢さんに小さく微笑みかけそう紡いだ。











帰り道。

あの女性の霊には何とか見つからずに済んだのだけど。

大広間で、別の霊と出会うことになってしまった。


「……楔……っ」


村に招かれ、身体を切り刻まれた客人、楔。

一瞬、真壁さんかと思ったけれど、どうやら彼は真壁さんではないらしい。

語りかけられたわけではないけれど、対峙した感覚からそう思った。

……真壁さんはあの後無事に成仏できたのだろうか。

ふとそんなことを考えたけれど、今は思考に意識をもっていかれている場合じゃないと思い直す。

この部屋に入った途端どの扉も開かなくなり閉じ込められてしまった上に、あの楔には何度試してみても射影機が効かないのだ。

私たちは部屋の中を駆け巡り、逃げ回りながらも、ただただ追い詰められてゆく感覚に徐々に徐々に絶望感を募らせていった。



――どうしよう……。



まだ、澪ちゃんを助けていないのに……っ。

兄にも、再会できていないのに……っ。

……それに、またお別れなんて嫌だよ……っ。



――樹月……っ!




「茨羅ちゃん、こっち!」


唐突に上げられたその声とともに、かちゃりと小さな金属音が聞こえてきて。

導かれるようにそちらへと目を向ければ、部屋の出口の前で繭ちゃんが手招きをしていた。


「っ螢さんっ!」


私はすぐに螢さんに呼びかけ、そして同時に繭ちゃんが示すその扉を開くと、私の言葉をすぐに聞き入れてくれた螢さんと一緒に急いで大広間から飛び出す。

直後に慌てて扉を閉めれば、私たちを押し潰さんばかりの重圧と悪寒とがすうっと消えていった。


「た、助かった……」


小さく呟く螢さんの隣で、扉に背をつき凭れながら私もゆっくりと安堵の吐息を吐きだす。

そして目の前に立つ繭ちゃんに、小さく微笑みかけた。


「ありがとう、繭ちゃん」
「ううん。私こそ、鍵を開けるのが遅れてごめんなさい」


そんな……助けてもらったことに感謝こそすれ、謝られるようなことなんて何もないよ。

申し訳なさそうに小さく俯いた繭ちゃんに、私は微笑を崩さないままゆっくりと首を振って応えた。

直後、牢の鍵を開けていた螢さんの呟きが耳に届く。




「澪が……いない」
「……え?」




私もすぐに牢の中を確認するけど、確かにそこに澪ちゃんの姿は見当たらない。

どういうこと……?

澪ちゃん、いったいどこに消えてしまったの?


「澪は奥に向かったわ……。私の声が、届かなくて……」


戸惑う私に、繭ちゃんがそう告げた。

哀しそうな瞳は、大広間へと繋がっていたものとは別の扉へと向けられている。







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