勝手に出ろ



「おい、深紅、無事か?」


深紅の部屋の扉を叩き、外側から問いかける。

あの後、肩に何か鋭い痛みを感じて俺は覚醒させられた。

その痛みは正体を確かめる前にすぐに引いたため、とりあえず気に留めておく程度にしておき、まずは深紅の安否の方を確認する。


「私は大丈夫です。……弥生は?」


すぐに扉を開けて出てきた深紅は、俺を見上げてそう問い返してきた。

だが、その顔色は悪い。


「ま、俺は頑丈だからな」


俺のことにまで気を回させるわけにはいかないだろ。

そう思って、なるべく軽くそう言った俺に、深紅は安心した様子で小さく笑った。










伍・黒 「勝手に出ろ」










とりあえず、俺たちはあの夢についてを話し合うことに決める。

場所は招かれるまま、深紅の部屋で。

深紅から話を聞いた俺は、氷室邸と繋がっていたあの見覚えのない家が、眠りの家と呼ばれる場所なのだろうと理解した。

氷室邸と同じく、何かの書物に恐怖心を煽るように面白おかしく書かれていたなとどこか遠く思う。


「……ったく、夢っていうのが面倒そうだよな」


夢の中だと言うなら、おそらくこの刀の空間転移の能力は無効にされるだろう。

何せ、現実ではないんだからな。

時を越えるなんてのは論外にしても、場所だけ移動するにも夢の中じゃどんな作用が働くかわかったもんじゃない。

君子危うきに近寄らず、何が起こるかわからねえもんに好んで手を出す必要はねえな。

かと言って、あそこにいたありえないものたちに捕まりでもすれば、道連れにされることは免れないだろう。

もともと、ああいうのは肉体云々は大して意味を持たねえからな。

魂をもっていかれようが精神をもっていかれようが、待つのは等しく死のみだろう。



つまり……逃げ道だけ、しっかりと塞がれたわけだ。



溜息を吐く俺を前に、深紅が俯き小さく呟く。


「……あの子、お兄ちゃんはこっち、って……」


……ああ、あの巫女姿の少女か。

お兄ちゃん、ね。


「深紅、あれは真冬のことじゃねえぞ」


厳しいようだが、深紅が囚われないよう現実をみさせてやらねえと。



……真冬は、あの屋敷にはいないんだ。



……って、何か自分に言い聞かせているようだな、俺。


「わかってます。大丈夫ですよ、弥生」


大丈夫って顔してねえじゃねえか。

とにかく、何よりもまずはあの夢をなんとかしねえと。

あの夢さえみなくなれば、必然的に深紅だって妙な期待は抱かなくなるだろ。

……いや、そうなって欲しいっていう俺の願望かもしれねえが。

夢っていうのは厄介だが、なるべく深紅と行動できるようにして欲しいと密かに願う。

目の届くところにいさせねえと、さすがに今は心配だからな。



……まあ、そんなところで。



少ない情報であれこれ考えるのはひとまず止めにして。




「電話うるせえ」




俺は一度堂々と舌打ちをすると、すぐにその場に立ち上がる。


「……弥生?」
「ちょっと止めてくる」


しつこい相手に自分の行いによる害をわからせてやる、とも言うが。

深紅が止めようと名を呼んできたことに気付かなかったふりをして、俺は彼女の部屋を後にすると、躊躇うことなく階段を降りていった。


しかし。



「……はい、黒澤です」




僅かの差。



僅かの差で、俺は怜に負けた。



つまり、結局受話器を取ったのは、俺ではなく怜だったということ。

しかし。

当の怜は何故か受話器を持ったまま、狼狽している。


「どうした?」


怪訝に思い声をかければ、怜は戸惑いがちに持っていた受話器を差し出してきた。


「弥生君……これ……」
「何だ?」


渡されるままに、俺はそれを手に取る。

そしてそのまま耳元まで近付けてみると……。


――出してぇ、出してよぉ、出して!



雑音に混じり、聞こえてきた女性の声。

切々とただ「出して」を繰り返し訴える、どこか歪な寒気を覚えさせるその声を耳に、知らず俺の眉根が寄る。



……これは、もう生きてはいない奴だろうな。



そう理解した俺は、電話の相手へきっぱりと告げた。




「勝手に出ろ!」




実際に出会ったら斬ることができるかわからないが、せめて今、これくらいなら言ってやれる。

俺は告げた言葉に満足すると、ゆっくりと受話器を元に戻した。











伍・黒・了


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