天倉家へ
「っいっ……!」
左腕に突然激痛がはしり、私は覚醒を促された。
跳ね起きるように寝台の上で身を起こし、すぐにその腕を押さえる。
「これって……」
じわじわと。
腕を覆うように広がりをみせているそれは……。
澪ちゃんの体に浮かんでいたものと同じ、刺青だった。
四・紅 「天倉家へ」
あの夢……。
それこそ夢じゃなくて、私も本当に囚われてしまったんだ。
一時的になのか今はみえなくなったあの刺青が刻まれた左腕に、まだ痛みが残っているような気がして……無意識にそこを軽くさする。
心なしか寒気がするような気もした。
……それにしても、澪ちゃんがいたあの場所はどう見ても八重と紗重の……。
……わからない、いったい何が何なのか。
何が、どうなってしまうのか。
わからないけど、でも……。
「あ、茨羅、おはよう」
しばらくして借りている部屋から出た私を迎えてくれたのは、樹月。
樹月は私を見つけるなり笑顔を向けてくれたけれど……。
それはすぐに困惑へと変わった。
「茨羅? その荷物はいったい……」
樹月の視線が注がれている私の手元には、荷物の詰め込まれた大きめの鞄があって。
樹月がそれに対する説明を求めていることはわかったけれど、今それを口にすることはできない。
だって、私はもう、あの夢に囚われてしまっているから。
あの夢は、周りの人たちにも影響を及ぼしてしまうのだと螢さんは言っていた。
だから……。
「ごめんなさい。話は後でちゃんとするから。だから……私はしばらく家を出るね」
「え? ……茨羅っ!?」
驚く樹月の傍を急いで通り抜け、私はそのまま玄関へと駆ける。
途中で会った睦月や千歳ちゃんにも声をかけられたけれど、今は一刻も早くこの家を出なければ。
この夢の影響が距離によって変わるかなんてわからない。
それでも。
せっかく、あの村から解放されることができたのに……。
私は、みんなを巻き込んでしまいたくないから……。
だから今は。
「ごめんなさい、樹月……」
とりあえず目指す場所は……。
螢さんの家。
螢さんは私の話を聞くと、嫌な顔ひとつせずに家に迎え入れてくれた。
頼る先が立花家しかない私は、泊まる場所を提供してくれるという螢さんの言葉に甘えさせてもらい。
しばらくお世話になることになった。
……後先考えずに家を飛び出してきたこと、軽率だったかなとも思ったけれど。
でも、みんなに影響を及ぼしてしまう前に、一刻も早くあの家を出る必要があったから。
だけど……。
泊めてもらう条件が、それを兄には言わないことだなんて……。
本当に、螢さんに何をしたんだろう、兄さん……。
「澪がいる場所……。あそこが皆神村なのか」
螢さんがぽつりと呟く。
あの場所に見覚えがある私が、それを螢さんに伝えたから。
「早く澪ちゃんを助けないと……。どうしてあの家が皆神村に繋がっていたかはわかりませんけど、でも、あの村には×があるから……」
そう、×がある。
澪ちゃんが向かうとしたら、繭ちゃんと別れた場所……×だろうと私は考えていた。
だけど……ううん、繭ちゃんと別れてしまった場所だからこそ、あの場所にはもう立ち入ってはいけない。
立ち入ってしまったら、澪ちゃんが消えてしまいそうな気がして……。
「×?」
首を傾げて問いかける螢さんに、私はしっかりと頷く。
「口にすることも許されない、黄泉へと通ずる場所です。……もう二度と、誰もあそこに近付いてはいけない。早く澪ちゃんを助けましょう」
「あ、ああ」
螢さんは、儀式が行われたその場所を見たことがない。
それ故にどれほど危険な場所なのかという実感が薄いようで、少し戸惑っているみたいだったけど……。
でも、澪ちゃんを助けたいという私の想いには、強く頷いてくれた。
助けないと……。
もう、失ったりなんかしない。
今度こそ助けてみせる……絶対に。
繭ちゃんもきっと、それを望んでいると思うから……。
四・紅・了
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