ユメ



「とにかく、今はこの夢をどうにかしないと。澪を助けないといけないんだ」
「……澪ちゃん……」


そう、澪ちゃんはずっとこの夢をみていると言っていた。

だからこそ螢さんの言うように、今は何よりも一刻も早く彼女を助けることを優先させなければならない。



もう、救えないのは嫌だから。




「螢さん、私にも手伝わせてください」
「気持ちは嬉しいけど、危険だよ」
「私も、もうこの夢に囚われています。それならどこにいても危険であることは同じですよね。それに、私も澪ちゃんを助けたいから……」




今度こそ、ちゃんと。



――……助けたいの。




「……わかった。でも無茶はしないでくれ」
「はい」


私の想いを汲んでくれたのか、螢さんはせめてとそう言いおき、頷く私に微笑みかけてから静かに立ち上がる。

そして私に手を差し伸べて、立ち上がるのを支えてくれた。


「……そういえば。夢の中だからなのかな、その着物姿」
「え?」


ふと気が付いた様子で螢さんが示したその先を確認すれば、今の私は確かに着物姿をしているのだと知らされる。

それも、愛用のあの桜模様の着物を。



……どうりで落ち着くような気がするわけだなと、着物を見下ろし胸中で納得した。




「そうですね、きっと」


この着物、保管はしてあるけれど、今の時代では着る機会が少ないから。

夢の中だけでも、着ていられることが嬉しい。

なんとなく、だけど、心強くもあった。

私はひとり心の中で気合いを入れ直すと、しっかりとまっすぐに螢さんを見上げ口を開く。


「それじゃあ、螢さん。澪ちゃんを捜しに行きましょう」
「あ、それなんだけど……澪の居場所はだいたいわかっているんだ」
「そうなんですか?」


首を傾げる私に、螢さんは蝶が象られた鍵を見せてくれた。

その鍵を使う扉の先に澪ちゃんがいるらしい。


「鍵、取ってくるの大変だったよ……。何度霊に襲われたか……」


どこか遠い目をして疲れた様子で呟く螢さん。

その様子を見るだけで、よっぽど大変な目に遭ってきたんだろうなって思わされる。

どう声をかけるべきかわからず、私はとりあえず苦笑を浮かべて応えると、螢さんと一緒に澪ちゃんのいる場所を目指して歩き出そうとした。

けど。

一歩、足を前に出したその瞬間。

何か固い物が爪先に当たり踏み出し始めた足を早々に止められてしまう。


「……?」


何だろうと足元へ視線を向けると、そこには……。




「射影機……」




それは家に置いてあるはずの、兄に渡されたあの射影機で。

どうしてここにと不思議に思いつつも、とりあえず私はそれを拾い上げてみることにした。


「あれ。それって、俺がさっき見つけたカメラと同じ……」


私が拾い上げた射影機を覗き込み、傍らに立つ螢さんが小さく首を傾げる。

同時にそう言葉を紡ぎながら、螢さんはずっと手に持っていたひとつの箱を私へと見せてくれた。

……確かに、形は少し違うようだけれど、それは間違いなく射影機だった。

……なんだろう、示し合わされたようなこの状況は。

まるでこれから起きることを予期させてくるかのような……。



――……何も、起こらないといいけれど……。



胸中に抱いた不安を抑えるかのように、私は拾った射影機を持つ手に力を込める。

そして今度こそ、螢さんと一緒に澪ちゃんのいる場所を目指した。














「……紅い、蝶……」


甦る、あの村での出来事。

澪ちゃんがいる場所へと続く扉の前には、数羽の紅い蝶が舞っていた。

あの時のように、まるで……。



――……導くかの、ように。




「茨羅ちゃん?」


思わず立ち尽くしてしまった私を、螢さんが心配そうな声音で呼ぶ。

その声で私は我に返ると、すぐさま慌てて首を振った。

今は囚われちゃだめ、ちゃんと自分がなすべきことを見据えないと。


「い、いえ。何でもないです。行きましょう」
「? ああ」


不思議そうに首を傾げつつも、螢さんはすぐに扉を開いてくれる。

その先は……。


「そ、んな……。ここって……」


目の前に広がるその場所は。



私の友達である、八重と紗重の家。

黒澤家の、土蔵……だった。




「澪っ!」


螢さんの声に、はっとする。

振り向けば、かつては客人を囚えておくために使用されていたあの牢の中に……澪ちゃんの姿があった。


「お姉ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


目の前に広がるこの場所に困惑を残しながらも。

澪ちゃんのその呟きを耳にしつつ……。



私の意識は、浮上を促された。












参・了



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